夏の終わり

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「うちの高校は野球部が強くてさ、県大会でベスト4まで行ったこともあるんだよ」 「へえ、すごいんだね。康友くんは、どうして水泳をしてるの?」 「僕は喘息が酷かったからかな。小さい頃からスイミングに通ってたし、そのお陰で今ではすっかり元気、元気」  ガッツポーズをして元気さをアピールすると、幸佑くんは目尻を下げて笑っている。  初めて見せてくれた笑顔に、何となく心が温かくなった。 「幸佑くんは、何か得意なことある?」 「そうだな……」  少し考える素振りをしていたのに、さっきまでの笑顔が消え、三角座りをしている体を更に小さく丸めて俯いてしまった。  まずいと感じた康友は、話を切り替えようと学校の話へと話題を戻す。 「うちの学校に怖い話が好きな先生がいて、夏になると必ず授業中に何回か怪談話をするんだ」 「それ、怖いの?」 「それが……なかなか怖い」 「へえ、聞いてみたいかも……」 「幸佑くんは、怖いの平気?」 「うーん、得意ではないけど……幽霊は信じるかな」 「見たことあるの?」 「見たことはないよ。康友くんは?」 「僕もないかな」 「もし、見えたりしたらどうする?」 「えーっ、どうだろ……」  本当に見えたとしたら――僕はどうするだろう? きっと見えるってことは何か伝えたいことがあるってことだと思うから、僕はまずちゃんと話を聞いてあげたい。  叶えられることなら協力してあげたいし、叶えられないことだったとしても出来ることはやってあげたい。 「友達になりたい!」 「えっ? 友達って……?」 「でも、そんなの無理だよな……」 「そんなことないかも。康友くんだったら、本当に友達になれちゃったりしそう」 「そうかな。まあ、まず見えないと思うけどね」 「そんなことないかもよ」 「だって、今まで一度も見たことないしね」 「まあ、僕も見たことないけどね」  そう言って、幸佑くんはくすりと笑った。  他にも、学校の友達に勉強はできないけどすごく面白い子がいて、毎日一人で芸をやってるとか。  生活指導の先生が実はすごく強面の顔なのに、声が異様に高いとか。  たった2クラスしかないから、すぐに顔と名前が覚えられるよとか。  本当にくだらないことをたくさん話してた。  あとは、この街の山奥には、大きな杉の木があって、そこでお願い事をすれば叶えてもらえるといういい伝えもある。  僕はまだ行ったことはないけれど、だいたいみんな『大学に合格しますように』とか、『好きな人と付き合えますように』とか、『就職が決まりますように』とか、そういう何かの節目がある時に願っているんだと思う。  いつか行ってみたいと思いながら、まだ行けていないということは、これってチャンスなのかもしれない――と思えた。 「ねえ、夏休み最後の日。一緒にその杉の木へ行かない?」 「もちろん。いいよ」 「約束ね」 「うん。約束」  高校生にもなってゆびきりげんまんなんて子供じみたことって思われるかもしれないけれど、僕がすっと目の前に小指を差し出すと、その小指に彼の小指が絡まった。 「ゆびきり……初めてだ」     そう言ってふわりと笑った顔がとても嬉しそうで、つられるように僕も笑顔になっていた。  ただ、その絡まった指は、夏の終わりといってもまだじんわりと汗ばむ陽気にはにつかないくらいに冷たかった。
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