夏の終わり

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 夏休み最後の日――。  約束通り海の近くにあるバス停で待ち合わせをした僕たちは、山の入り口付近まで運行するバスに乗り込むと、一番後ろの席に大人一人分ほどの距離を空けて並んで座った。  その間も気まずくないようにと話をしながら二人で過ごす。  40分ほど揺られたところで、景色は海からすっかり山へと姿を変えていた。 「めっちゃ緑だね」 「大自然って感じでしょ?」 「そうだね」 「山登りは、したことある?」 「ないかな……」 「だったら、また初めてだね」 「うん」  君の初めてが増えていく。  それが自分のことのように嬉しいと感じていた。目を大きく開きながら窓の外を見上げて、緑いっぱいの景色を真剣に眺めている。  その姿を見ながら、自然と微笑んでいる僕がいた。  目的地にバスが到着して下車すると、山道の入り口に杉大樹と書かれた手作りの看板が置かれていた。 「ここで間違いないね」 「そうだね」 「辛くなったら言ってね」 「うん。ありがとう」  どれくらい歩けばたどり着くかわからないけれど、せっかくここまで来たから無理のないように休みながらでも目的地につければと思う。  僕たちは山道の入り口にある簡易扉を開けると、ゆっくりと足を踏み入れて「開けたら必ず閉めましょう」と書かれている表示どおりに、扉をきっちりと閉めた。  そして、杉の木があるという場所を目指して歩き始めた。 「けっこう急だね」 「でも、何か楽しい。しんどいけど、誰かとこういうのしたことなかったから、すごいワクワクする」 「そっか。じゃあ、このまま進もう」 「うん」 「ほらっ、手?」 「ありがとう」  段差を先に上がり、手を差し出すと迷いなくその手を握り段差を登ってくる。  今の暑さには、君の手の冷たさがちょうどいい。そう思った。  何度も何度も躓きそうになりながら、ようやくあと数十メートルのところまでやってきた。  何となく空気感が違って感じるのは、見上げた先にたくさんの木々が風に揺られてゆらゆらとぶつかり合いカサカサと音を立てているからだろうか。  まるでたくさんの木々が楽しく音楽を奏でている中に、二人が迷い込んだような不思議な感覚が広がる。 「うわぁ……大きい……」 「ほんとだ……」  目の前に現れた杉大樹に、目を輝かせたのは彼だった。その大きさに、二人して引き寄せられるように近づくと、首がつりそうなほどに高くて太い立派な杉の木が、圧倒されるほどの存在感で立っていた。  太い幹には紙垂が縄で巻き付けられていて、ここが本当に神様の祀られている場所ではないかと思えるほどだ。 「せっかくだし、願い事をしようか?」 「うん」  二人で並んで手を合わせると、目を閉じながら心の中で願い事をする。 ――もっと、幸佑くんと仲良くなれますように――  ゆっくりと確実に伝えることができるように願いを込める。  もっと仲良くなって学校が楽しいところだってことを知ってもらいたい。  友達ってすごく大切なかけがえのないものなんだということを知ってもらいたい。  少しでも君が笑っていられるように、僕が力になってあげたい。  世の中も捨てたもんじゃないってこと、一緒に感じられたらと思う。  ふと彼の姿を盗み見ると、すでに顔を上げて空を見上げている。  何てきれいな顔をしているんだろう――?  でも、よく見れば足や腕の見えにくい場所には、無数のあざが見てとれる。  これは紛れもなく誰かの手によって故意につけられたものだろう。  無意識に自分の手を伸ばし、そのあざに触れる――。  驚いたように君が見上げていた顔をこちらへ向けて僕を見た。 「辛かったよね。痛かったよね……」 「康友くん……」 「一人でよく頑張ったね」 「な……んで……君が泣くの?」  彼の言葉で自分が涙を流していることに気がついた。  慌てて涙を拭い、君の手をぎゅっと握りしめる。 「大丈夫だよ、この手は僕が絶対に離さないから」 「うん」 「一人じゃない。僕が必ず一緒にいるから」 「うん」 「約束するから」 「うん」  どれだけの言葉を並べても君にどのくらい届いているのかわからないけれど、それでも今の精一杯の気持ちを伝えたい。  決してこの手を離すことなく、君が僕を必要としてくれるなら必ず側にいる。  不安にならないように、安心できるように――。
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