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「夏湖? どうかし、た……」
「わたし、全然成長していなかったみたい。あの頃から、まったく……」
「え?」
「本当はね、やーちゃんにあいつが、稜がここに通ってるって聞いて来たけど……」
気がつけば、わたしはユキに抱きついてしまっていた。彼とはそんなに親しい関係にあったわけではないが、たまにわたしの相談……主に、稜とのことについて……には乗ってくれる程度の仲ではあった。それも、彼がわたしのことをすきだと知っていながら。
「……ようやく、気がついたんだ? あの男がここに通ってること。数年ぶりに再会して早々、こんな仕打ち受けるなんて思わなかったよ」
「ごめんなさい、自分勝手で」
「謝るなよ。惨めになる。いいじゃん、おれのこと夏湖の都合のいいように使えば」
そう言って、ユキは抱きつくわたしを優しく包んだ。この温もりに縋ってしまったらいけないことはわかっているのに、それを止めることはできなかった。
「……いい子だね、夏湖。久しぶりなのに、まったく感覚が鈍ってない。おれと会わないあいだ、いろんな男に抱かれていたの?」
「違、ん……っ!」
「ふぅん。でも、あながち嘘じゃないみたいだね。締まりがいい」
「いじわるしない、で……」
「違うだろ。意地悪なのは夏湖のほうだ。もっとおれに悪いところみせてよ」
「っ、ひゃっ、あ」
「そう。そうやってもっと淫らに啼いてよ……」
ユキの家に連れられるやいなや、お互いの肌がぶつかりあう。彼の口調はいじわるなのに、わたしを触る手つきは優しい。本当は、縋ったりしてはいけない相手なのに、つい甘えてしまう自分に嫌気が差す。
「夏湖は最低な淫乱女……」
彼からの罵りでさえ、わたしを気持ちよくさせる材料になってしまう。彼の言葉通り、わたしは最低だ。
*
翌朝、目が覚めると昨日の感覚が一気によみがえった。寝て起きると、さらに感覚がはっきりする。
ユキはどんな思いでわたしを抱いたのだろう。
もし、わたしが彼と同じような立場になったとしたら、どうなってしまうんだろう。
学校へ行く足どりが重かった。やーちゃんにはなんの連絡もせず、結果としては勝手に帰ってしまったからだ。
ユキとのことは彼女にも明かしていなかった。軽蔑されるかもしれないというよりも、ふたりだけの秘密にしておくべきだと、解釈しているからである。
「夏湖おはよう」
「やーちゃん、おはよ……」
「昨日、あれから連絡くれなかったけど、どうしたの?」
「ごめんね。メッセージのひとつくらい、送ればよかったよね」
「それは別に構わないんだけど……さすがに心配したからさ。何かあったわけじゃないみたいでよかった。それで、どうだった? 会えた?」
「ううん、ダメだった」
「そっか。それじゃ次の機会だなぁ」
「……そう、だね」
ーーやーちゃん、ごめんね。やっぱりわたし、あいつと話し合う自信、ないよ。
放課後になって、今日はいっしょに帰れないとやーちゃんから言われていたので、わたしはひとり帰り支度をする。カバンを持ち校門を出ると、そこから少し離れたところで人だかりができているのが見えた。わたしはそれに気にも留めず去ろうとすると、聞きなれた声がわたしの名前を呼ぶ。
「夏湖」
「っ、稜……?」
人だかりのなかから出てきたのは、わたしがずっと思い続けていた人物だった。わたしの体はまるで石化してしまったかのように固まって動かない。そんなことになっているわたしの状況など知らず、彼はどんどんこちらに歩み寄ってくる。
「久しぶり。実はさ、昨日、夏湖のこと見かけたんだよね。それで、その制服を着てたから、ここで待ってれば会えるかと思って」
「……」
わたしも、昨日はちらっと目の前の男を見かけただけだったので、今になってまじまじと見つめてしまう。中学生のときとは、まるで雰囲気が違っていた。女受けするようなかわいらしい容貌も、そのままではあるものの、あか抜けていくらか男らしくなっている。身長も、当時はわたしとたいして違っていなかったはずなのに、差がついていたのは、明らかだった。
「なんで、どうして……」
彼の言葉など耳に入ってこず、自分の思っている疑問をぶつけることしかできない。
「どうして、って……そんなの決まってるじゃん。夏湖と話をしたかったからだよ」
「わたし、は、することなんてない」
「だめだよ。夏湖になくても、おれにはあるんだから、ちゃんと聞いてもらわないと」
強引に腕を引かれ、歩く速さについていけず何度も躓きそうになった。わたしが何度彼の名前を呼んでも、足を止めてくれる気配はまったく見られない。
そうしてやっと足を止めたかと思えば、その目的地に、わたしは息が詰まりそうになった。だって、連れてこられたのは、あの頃、わたしが何度も切望した場所だったから。
「ど、して、今ここに……っ」
わたしが稜に連れてきてほしかった場所。
それは、彼の家だった。
何度行きたいと言っても、散らかっているから、今日は別に来客がいるから、などと理由をつけられて、入れてもらうことは叶わなかった。
それなのに、今になって、わたしは彼の家の中に上がって、しかも彼の自室と思われる場所のベッドの上にいる。
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