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「昨日は楽しそうだったね。昔馴染みの男と再会を果たして、抱き合って、あのあと何してたの?」
稜はわたしに馬乗りになって押し倒し、わたしの体の線をなぞるように軽く触れる。
「なに、も、してな……っん」
「へえ。違うんだ。なにが違うの? ヤることヤってるくせに、よくそんなこと言えるよね」
そう言って、稜がわたしの体の中心……濡れそぼったところに自分の指を押し当てた。
「りょ、お……! やめ、っん……」
「やめないよ。やめるわけないじゃん。こんなに感じてるくせに。それに、おれに抱かれるの、初めてじゃないんだから別にいいでしょ」
それを聞いて、思考が停止する。彼の言葉に引っかかるものがあったからだ。
ーー初めてじゃない、って、どういうこと?
稜との記憶はない。今、この状況に追いやられていることに戸惑いを感じているというのに、どうしてそんな嘘をつくの?
「ね、わたしたちのあいだにはなにもなっ……ああっ」
「うるさいなあ、もう。少しはおとなしくしててよ。これ以上しゃべったら、もっとめちゃくちゃにしちゃうよ?」
「……ん、いい、よ……めちゃくちゃに、できるならして……」
もし、この腕が稜のものだったらいいのに。
昨日、ユキに抱かれながら微かにそんな最低なことを考えていたが、まさか現実になってしまうとは。
だが、ふと思ってしまった。あの女とは、もうこういうことをしたのだろうか。その声で、あの名前を囁きながら、その手で愛でたのだろうか。
ーーやっぱり、やだ。わたしを呼ばないで。そんなふうに触れないでよ。
そう思う反面、うれしいと思っている自分もいる。たとえ今、彼があの女のことを思いながら抱いているのだとしても、今抱かれているのは、確実にわたしなのだから。
情事後にわたしを襲ったのは、抱かれたことによる幸福感でもなんでもなく、ただの虚無感だけだった。ユキはいつも、こんな気持ちになっていたのだろうか。
ベッドの上で眠る稜を横目に、制服を着、そして部屋を出る。何も考えず、わたしはひたすらにここから逃げ出したかった。
「やーちゃん、おはよう」
「おはよ……夏湖、そんなにはまっている本があるの?」
「え……」
翌朝、学校へ行くと、やーちゃんに妙なことを訊かれた。そんなことを訊ねられるくらい、ひどい顔をしているのだろうか。自分では何が違うのか見当はつかなかったが、「そうなの、実は数巻シリーズのファンタジーがおもしろくて、ページをめくる手が止まらなくて」と話を合わせる。すると、彼女はふーん、と訝しげにこちらを見つめてきた。
「夜中まで本を読みふけっているわりに、ずいぶんと肌のはりが違うよね」
「えっ、そうかな。もしかしたら新しい化粧水のおかげかも。今バイトしてないのに思いきって高いの買っちゃってさ。それの効果が出てるんだと思う」
咄嗟に出た嘘だったけれど、やーちゃんは納得してくれた。でも、本当は気づいているのかもしれない。彼女は決して鈍感ではないから。でも、今のわたしには話せない。何も話すことはできない。
肌うんぬんに関しては、お互いに思いあっているからこそのことだと思っていたのに、一方的な愛情でも肌質がよくなってしまったことを皮肉に思った。
今日もいっしょに帰れないとやーちゃんに言われ、早急に支度をし図書館へ向かった。読書は心を鎮めてくれる、最適な方法だ。学校の図書室でもよかったのだけれど、司書の先生と顔見知りだから、今はなんとなく顔を合わせづらく、公立の図書館を選んだ。
自分のすきな作家の小説を手に取り、席につく。急いでやってきたせいなのか、辺りを見ても学生らしきひとたちは見られなかった。
「……なんで昨日、勝手に帰ったの」
「っ……」
ふいに頭上から降ってくる、その声に驚く。見上げれば、無表情の稜がわたしのすぐそばに立っていた。まばたきをすることもなく、こちらをじっと見つめてくる。
「別、に……いいでしょ。それより、そこどいてくれる? 読書に集中できないんだけど」
「ふぅん。そういうこと言っちゃうんだ」
冷たい態度を貫き通せば、わたしから離れてくれるだろうなどと勝手に思い込んでいた。だけど、あろうことか、彼はわたしの隣に座って、唇をふさいできたのだ。
「んっ……ふぅっ」
「声、出すなよ。こんなに静かなところなんだから、大きい声なんか出したら、何してるかすぐにばれちゃうよ?」
わたしが座っていたのは奥のほうで、死角になっているから、音を立てなければきっと気づかれない。だが。
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