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「わかるけど、わかんない」
「なんだよそれ。わかるんだったらいいだろ別に」
「やだ。聞かせて」
子どものように駄々をこね続けると、観念したのか彼は嘆息し、ようやく口を開いた。
「……すきだよ。初めて会ったとき……いや、会う前から、初めて夏湖の話を聞いたときからずっと」
「……」
「もう、いいだろ。これ以上は言わないからな」
「うん」
稜の口から、欲しかった言葉をもらえてうっとりしてつい息を呑んでしまう。その態度が彼には無反応に見えたのか悪い印象だったようで、拗ねられてしまったが、わたしは満足だった。
「夏湖はどうなんだよ」
「うん?」
「おれのこと、どう思ってるかとか」
「うん。わたしもだいすき」
「……そうかよ」
稜の言葉はぶっきらぼうだったが、どうやらまんざらでもないらしかった。
「それじゃ、学校に戻る?」
わたしの言葉に、てっきりそうだなと賛同されると思っていたのに、いや、という否定の返事がきて驚く。
「やっぱ、行くの中止」
「は? なんでよ」
「おれの家、来いよ」
彼にしては自信のない声音だった。そんな彼の腕にぎゅっと抱きつく。
「じゃあ、連れてって……」
どのくらい、時間が経ったのだろう。ものすごく短いかもしれないし、ずいぶんと経ったのかもしれない。そんな、時が経つのも忘れるくらいにお互いをむさぼり、情交を重ねる。
「昨日は、乱暴して、ごめんな……?」
「ん、いいよお……稜になら、なにをされても怒ったりしない、から……っぁ」
「そういうの……平気で言わないでよ」
お互いが相手を思い合っての情事というものは、胸が満たされるものだったと、このときになってやっと実感することができた気がした。今までのはしょせん、大人になりたいがための悪あがきにすぎなかったのだ、と。
情事後のまどろみのなかで、稜がぼそっと呟いた。
「やっぱり、あのひとにはおれから話をするから。夏湖はもう会わないでね」
「え、なんで?」
「なんでって、察し悪すぎ。相手がまだ夏湖に気があったらどうするの。傷抉るような真似する必要ないでしょ」
「それは、そうかもしれないけど」
「じゃあなんか連絡もらったり、向こうからリアクションがあったらにして。おれだって、気分がいいものじゃないから」
そう言って、稜はわたしを抱き寄せ、わたしの胸に顔を埋める。その動作が、子どものように感じて切なくなった。
「わかった。わたしからは会わない。そのかわり、訊きたいことがあるんだけど」
「なに?」
わたしがそう言うと、胸に顔を埋めていた稜が
上目遣いでこちらを見つめてくる。
「昨日さ、その、わたしが稜に抱かれるの初めてじゃないって言ってたでしょ。ずっと引っかかってるんだけど、いつそんなことしたの?」
「……覚えてないのかよ」
「え」
「あれは同意の上だっただろ。おれは謝らないからな」
稜の言葉に、わたしは面食らった。
「いやいや、何言ってんの。そんなはずない」
「ほんとに覚えてないんだな。夏湖の家にみんなで押しかけて、そのあとおれだけ残って、でも客人そっちのけで寝ちゃったときのこと」
そんなことがあっただろうか。覚えがない。たしかに、いつぞやの休日にみんながわたしの家に遊びに来たときのことはおぼろげに覚えているが。
「起きなきゃ襲うよ? って脅したのに、いいよなんて言うから」
「そんなこと……言うわけないじゃん。それ、稜が見た夢なんじゃないの?」
「違うから」
「あぁ、もう。わかったよ。そういうことにしておいてあげる」
「これから先、夏湖の隣はおれのものだから。だれかほかのやつに自分を渡そうとするなよ」
これまで親しくしてきたけれど、恋人という壁を超えてしまえば、彼はこんなふうに甘えてくれるのだと知れた。
稜がよく聞く恋は盲目というものになってるなぁ、と思いつつ、わたし自身もそうなっているという自覚があるのだから、しっかり彼に溺れている証拠なのだろう。
お互いに後悔した過去があったから、こうして未来に繋がったのだと解釈するのは、都合が良すぎるだろうか。未練がましく思っていたことが、よい兆候をもたらせてくれたのなら、過去を振り返ることも、そんなに悪いものではないのかもしれない。
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