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融解
彼が茶髪よりも黒髪がすきだと言うから戻したし、開けていたピアスも好まないからと言われ着けるのをやめた。まめに連絡するのは得意ではなかったが極力するように心掛けたし、わたしの自由はすべて、彼のものになっていたのに。
「……おれ、もう那月子といる自信ない」
わたしたちの関係は、もう終わりなのかもしれない。
「以前はこちらに住んでいたので知っているひとももしかしたらいるかもしれません。久しぶりに戻ってきてみたらだいぶ変わってしまっていて、なんだか浦島太郎の気分です。けどまあ、とりあえずおれにいろいろなことを教えてください。どうぞよろしく」
長々しい自己紹介をして、転校生としてやってきたのは、かつての幼馴染だった。
親しみやすい性格は昔と変わっておらず、彼はすぐにクラスメイトと打ち解けていった。最初からずっと、このクラスにいるわたしよりも、ずっと。
「……那月子」
これまでわたしに話しかけてくることなんてなかったくせに、放課後の教室、ふたりきりになることを狙っていたかのように転校生の彼は声をかけてくる。
「どうしたの、急に」
「おれのこと……覚えてる、よな?」
「だったら、どうかした?」
「本当は、ずっと前から、那月子のことがすきだったんだ。だから、おれの……カノジョになってください」
そう言ったときの彼の顔があまりにも真剣で、だからこそわたしは二つ返事で告白を了承した。それなのに。
「……おれ、那月子といる自信ない」
告白されて、つき合うようになってから3ヶ月ほど経った頃のこと。急な展開だった。いきなりそんなことを言ってくるなんて、あんまりではないか。
*
「……あれ? まだいたの? もう学校閉めちゃうよ」
いわゆる失恋というものをして、家に帰る気力さえ失ってしまい、ずっと教室にいたわたしの前に現れたのは、校内巡回をしていた先生だった。
「……帰りたくない」
「どうした? 嫌なことでもあったのか?」
優しい口調に、すべてを捧げたい衝動に駆られた。が、どうせわたしがいては自分の帰る時間が遅れてしまうから、手早く済ませたいのだろう、面倒事は勘弁してくれ、という心の内側に考えられていることが読めたので、嘆息し口を開く。
「いいですよ。生徒の面倒事なんてつき合っていられないでしょ? 先生も早く帰りたいところ、居残りしてすみませんね。すぐ学校出ます」
立ち上がり、鞄を持ってこの場から去ろうとすると、待てよと言って腕を掴まれる。
「そういう、生徒の面倒事を解決に導いてやるのが、おれは先生の務めだと思ってるし、困ってるならちゃんと聞きたいんだけど。まあ、言いづらいことなら仕方ないが、少しでも話そうという気があるなら思い切って……」
先生の言葉に、わたしは思わず抱きついてしまった。最初は驚いていた先生だったけれど、すぐに受け入れて背中を撫でてくれる。その仕草が心地よくて、涙までも出てきてしまった。
「先生、嫌なことがあったこと、ちゃんと話すから、先生の家に連れてって」
無理は承知で頼んだ。どうせ断られるのが落ちだろう、と思っていたが、意外にも、いいよ、と許諾してくれたのだった。
「けど、実はまだ巡回の途中なんだ。校内の鍵全部閉めたら連れてってあげるから、先に車の方で待っててよ。職員玄関前の駐車場に、車あるから。もうおれの車一台しかないし、すぐにわかると思う」
わたしは頷いて、言われたとおりの場所へ行く。たしかに先生の車一台のみがあった。その付近でしばらく待っていると、先生がやってきて車のカギを開けてくれ、そこに乗り込んだ。
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