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「どうしたら、自信持てるようになる?」
「えっ……」
その刹那、先生の顔がわたしのそれに近づく。驚いてぎゅっと目を瞑ると、唇に柔らかいものが触れた。
「え、なに……」
「やっぱさ、こういう愛情表現がいちばん自信を持てるようになると思うんだよね。だから、先生として、なんていうか、教育? してやるよ」
先生の言っていることを飲み込めないまま、ベッドまで運ばれる。先生がネクタイを緩めて外し、シャツを脱ぎ捨てると、仰向けになっているわたしに覆い被さった。
「え、待って、え、どうしてこんな……」
展開の速さに頭が追いつかない。
緊張しているように見えたのか、先生はわたしの頭を撫でながら言った。
「大丈夫。怖いことは何もないよ。全部、おれに身を委ねればいい」
「せん、せ……」
「それはナンセンスかな。先生じゃなくて名前で呼んで。僚って」
「え……」
「ほら、早く。那月子」
「っ、僚……」
今まで一度も呼ばれたことはなかったのに、どうして先生はわたしの名前を知っているのだろう。どうして、先生はわたしの元カレと同じ名前なんだろう。そんなことが頭の隅をよぎったが、先生がくれる熱に、次第に翻弄されていく。
「那月子……」
「ん、僚……っ」
重なり合う唇と、肌から伝わる熱が、溶け合って気持ちいい。初めて知る感触のはずなのに、前から知っていたような、不足していたものが満たされるような、とにかくそんな感覚。
「かわいい。かわいいよ、那月子」
「……」
優しい手つきで触れられて、体だけでなく言葉でも自分が心のどこかで欲しいと思っていたものをくれて、セックスがこんなにも気持ちのいいものだと初めて知った。
*
わたしは、濃密な情交を先生としてしまったあと、先生の部屋に泊まることなく家に送り届けられ、自宅で朝を迎えた。昨夜のことは夢のような気さえする。あんな風に扱われたことは今までなかった。
支度をして学校に向かう。もう別れたのだから、元カレに気を遣う必要などないと思って、制御していた自分らしさを少しだけ解放した。まぁ、さすがにすぐに髪を染めることはできなかったし、ウィッグを被るまでもしなくていいと思ったから、黒髪のままだったが。
「僚ちゃんおはよー」
「こら。先生って呼びなさい」
「えー、だって僚ちゃん先生って感じしないんだもん」
校門をくぐり、校舎に入って教室へ向かう途中、先生が女子生徒のふたり組と仲良さそうに戯れている。
昨晩はわたしがあんなに近くで先生と会話をして、肌を重ね合ったけれども、学校での距離は遠い。たとえ見かけたとしても、今のようにつねに生徒に囲まれているひとだから、簡単に近づくことさえできない。
先生の姿を見て、思い出す。昨日の先生の家で起きた、ベッドの上でのことを。
先生の肌のぬくもり。大人の男性を象徴するような、ほのかなトワレの香り。わたしの名前を呼んで、甘い言葉を囁いてくれる声。
ーーまた、欲しい。あの熱に溶かされたい。
わたしを溶かして、自信を持たせて欲しい。
気がつけば、わたしは立ち止まって先生を見つめてしまっていた。その熱視線に気がついたのか、数分経って先生がこちらを向く。
「おはよ」
「おはよう、ございます」
「昨夜は眠れた? いいでしょ、あの本。寝る前に読むにはちょうどいいんだよな」
「え……」
本なんて貸してもらった覚えはない。先生が何を言っているのか、瞬時に理解はできなかったが、昨晩に起こったできごとを学校ですべき話ではないと察し、わたしは話を合わせることにした。
「そうなんです。枕元に置いて、読みながらうとうとして……それで、他にもそういう本があったら貸して欲しいんです」
「おかわり?」
「はい。もっと欲しくなっちゃいました」
「わかった。昨日と同じでいいよな?」
「あ、はい、そうですね……」
「じゃあ、来週貸してあげるから、それまで我慢しててな」
「え……」
「いい子だから、待て、できるよな?」
「……はい」
もっと早く与えてもらえると思っていただけに、この“待て”状態は非常に厳しいものがあった。でも、それを待つだけの価値はある。
浅はかだったな、あんな幼馴染の言葉にショックを受けるなんて。
だけど、こんなにすてきな巡り合わせがあったのだから、感謝すべきところもあるのが、なんとも皮肉だが。
これからは自分らしく過ごすよ、先生。
だから、わたしのすべてを受け入れて、自信を持たせてくださいね。
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