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涙痕
わたしが中学生になって初めて見送った卒業生の流した涙が、いつまでも頭の中に残っている。
今日は成人式。とりわけ面倒だという理由で、本来参加したくはなかったが、家族に言いくるめられ、式の前日に帰省し、当日は朝早く起きて美容室に行き、化粧をして髪を整えてもらって振袖も着せてもらう。着飾ったあとに集合場所となっている公民館に向かえば、中学の同級生たちがもうすでに何人も来ていて、久しぶりの再会を喜んでいるようだった。成人しているとはいえ、数年経った今でもあの頃と変わっていないように見える。いずれにしても、わたしは顔を合わせたいとは思ってなかったが。
本当、どうしてこんなところにいるのだろう。ここに居場所がないと思ったから、わたしはここを離れたはずなのに。成人して、見てくれだけ大人になっても、まだ何もできない子どもなのだと思い知らされた気がした。
「あれ、涼さんじゃね?」
式が終わった後、会場の広場に出て、それぞれが思い出話に花を咲かせている。わたしもそこで迎えの車を待っていると、そんな声が聞こえてきた。
広場から肉眼で確認できる距離の場所に、軽ワゴンが停車して、そこから降りてくる男性に数人が寄っていって会話をしている。
「やっぱり涼さんだ! どうしたんすか、こんなところに来て」
「あいつの迎えに来たんだよ。親が手が離せないって言うもんだから」
涼さん。
見た目は大人になっているけれど、きっと中学時代のわたし至上印象に残っているひと、だと思う。
そして、あいつとはおそらく彼の弟のことだ。わたしたちと同級生で、同じクラスだったはずだから覚えている。わたしは、ただ立って迎えを待っているふりをして、つい彼らの会話に耳をそばだててしまう。
「涼さん、いま何してんすか? 社会人?」
「まだギリ大学生だよ。就活もようやく終わったし、卒論もなんとか提出できて、一安心してるとこ。まぁ、休み明けに口述試問があるから正直気は重いけどな。でもこっちにいるとついだらだらしちまうよなあ」
「カノジョさんとはまだ続いてるんすか?」
「あぁ……あいつとはもうとっくに別れたよ。少なくとも、大学受験する前には」
「えっ、そうだったんすか。てっきり大学もいっしょで同棲でもしてるのかと」
「そんなわけねーよ。あいつと別れてからだれとも付き合ってない。そんで大学は彼女もいないしょっぱいキャンパスライフだったわ」
聞き耳を立てながら、わたしの胸の鼓動は激しくなっている。
ーー涼さん、彼女、ずっといないんだ。
そうは言っても、彼は大学でも女のひとから人気があったにちがいない、と思った。あの頃からそうだったし、今の容姿を見ても、モテそうな雰囲気をしている。彼女というポジションのひとが彼にいなくても、できることはいくらでもあるだろう。
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