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「ねぇ、南津子ちゃんってここから家近いの?」
「えっ、いや、近からず遠からずです。車で20分くらいかと……」
「そうなんだ。式終わってから結構経つけど、まだ迎え来てないってことは、うちとは逆で親御さんが手が離せなくて迎えくるのに時間かかってるのかな?」
「まぁ、そんなところです」
「じゃあ、おれが送ってあげようか?」
「え……え?」
まさかの彼の発言に、わたしは動揺せずにはいられなかった。
「いや、大丈夫ですよ、わたしの親が迎えに来るの遅いなんてよくあることですし、待つのは別に慣れてますから……」
「そうは言ってもさ、おれなんて、早く迎えに来てやったのに、当の本人なかなか帰ろうとしないから、同じく待ちぼうけくってるわけだし。おれの時間つぶしも兼ねてるわけだから、人助けだと思って。ね?」
「そ、その……」
わたしが返事に困っていると、ター坊が、甘えちゃえよと物理的に背中を押してくるから、じゃあそれならと誘いを受ける形になってしまった。
「あいつがここに来たら、おれから伝えておきますんで!」
「おう。ありがとな。いちおうおれからも連絡入れておくわ。それじゃ、行こうか、南津子ちゃん」
そうして、わたしも親に迎えに来なくていいという連絡を入れて、彼の車に乗せてもらう。
「ごめんな、こんな車で」
「いえいえ。乗せていただけるだけありがたいので」
車内は、当たり前だが、我が家のそれとは違うにおいがした。芳香剤かなにかのいい香りがする。帯が崩れるかもしれないからということで、比較的広い後ろの席に座らせてもらった。
わたしは、涼さんにある程度の道を教えて、細かいところは近くなったらまた言いますということで車が動き出す。
「安全運転で走るからね」
「はい。よろしくお願いします」
「着物ってきつくない? 大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です。なんか、朝から着ていたせいか慣れました……」
「そっか。おれもさー、成人式は大変だったなぁ」
「和装とかにされたんですか?」
「うん。おれ、中学のとき陸上部の長距離だったんだけど、その連中はみんな袴着てた」
「へぇ、そうだったんですね」
「でも、男子はスーツの方が多かったから、当日は結構浮いてたけどね」
「でも、先輩のことですから、袴姿、きっとよく似合っていてかっこよかったと思います」
「ん、先輩?」
わたしの呼び方を不思議に思ったのか、涼さんは首をかしげる。
「あ、すみません、わたしもいちおう同じ中学の後輩なので、先輩と呼ぶのが妥当かと思いまして」
「いや、いいよ、気にしなくて。涼って気軽に名前で呼んでくれた方がいいかな」
「じゃ、じゃあ……涼さん」
わたしがそう呼ぶと、なんとも微妙な反応だった。悪くはないけれど、いいということでもないような、そんな感じ。
「え、ダメ……ですか?」
「いや、ごめん。なんか、後輩のあいつらと同じ呼ばれ方してもキュンとしないなって考えちゃっただけだから」
「なるほど。そ、それじゃ、涼……くん?」
「うん。それいい」
まるで、夢のようだ。
わたしの心を掴んで離さなかった彼と、こうして会話をしているなんて。ましてや、偶然がいくつも重なって、こんな状況にまで発展してしまうとは。あれだけ嫌だと思っていた成人式に、感謝したい気持ちになった。
「じゃあさ、おれも、そうだな……南津子って、呼んでもいい?」
「はい。うれしいです」
「ふふ、ありがと。ねぇ、南津子のクラスは、飲み会するの?」
「すると思います。でも、参加は希望しなかったので、行きませんけど」
「そうなの? お酒、得意じゃないとか?」
「わかりません。いちおう二十歳は過ぎましたけど、まだ飲んだことないので」
「えっ、もったいない……飲酒が白昼でも堂々とできるようになったのに、飲まないなんて南津子損してるって」
そう、なのだろうか。
大学でも飲み会は頻繁に行われている。ゼミやサークル外の、ちょっとした繋がりでさえみんな簡単に居酒屋に集合しているらしい話は耳にする。コミュニケーションの一環として開かれてもいるみたいだから、たしかに積極的に参加すべきなのかもしれないが、わたしには必要性を感じなかった。
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