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「おれが教えてあげるよ」
「え?」
「酒の飲み方……いわゆるオトナの嗜みってやつを、さ。それに、さっきおれの袴姿見たそうにしてたじゃん。写真も見せてあげるし」
「えっでも」
「明日は休みじゃない?」
地元の自治体では、成人の日ではなく、その前日の日曜日に式を行っている。そして、わたしの通う大学は、明日の祝日はしっかり休みなので、日中にゆっくり戻ろうと思っていたし、断る理由は、正直ない。
はいもいいえも言わないまま、目的地であるわたしの家の付近に到着してしまった。
「あーあ、着いちゃった。残念」
「……」
「じゃあね、南津子。暇つぶしに付き合ってくれてありがと」
「……あの」
「ん?」
「やっぱり、見たいです。写真」
わたしの言葉に、そう言ってくれると思った、と涼さん、もとい涼くんが笑う。あぁ、このひとは今までもきっとこうやってさまざまな女子を誑かしてきたんだろう。選択肢を与えてくれているようで、実際は自分の都合のいい方を選ばせている。
夕方頃になったら迎えにくるね、とだけ言い残してわたしを車から降ろしたあと、涼くんは戻っていった。
彼が去り、家の中に入ってから冷静になって思う。我ながら、大胆なことを言ってしまった、と。成人式のために着飾っているせいなのか、いつもとは自分になれたのだろうか。
飲み会には参加しないつもりでいたから、家族にはとりあえず報告をした。もちろん、涼くんとふたりでという直球の言い方ではなく、やっぱりせっかくだからクラスの飲み会に参加したくなった、と。すると、そうなるかもしれないと思っていたと豪華にする予定だった食事を夕食から繰り上げて昼食で食べることになった。
*
「昼ぶりだね、南津子。迎えにきたよ」
約束の時間に、涼くんがわたしを迎えにやってきた。家族に怪しまれる前に車……今度は助手席に乗せてもらう。
「やっぱ、着物じゃないと雰囲気違うね」
わたしは、せっかくの自分ではできない高い技術のメイクを数時間で落としてしまうのが惜しくなってしまって、結い上げた髪を下ろすのと、派手だった目元を少し抑えたくらいにしか顔まわりは変えていないが、和装から洋服になったせいで、見た目が違うひとに見えるのは仕方ないのかもしれない。
「涼くんも、だいぶ変わりましたよね」
上下スウェットにダウンを羽織っただけだった、地元民全開の昼間とは違って、白いセーターに黒のスキニー、黒のチェスターコートを着ている今は、スタイリッシュな感じがする。
「そうかも。でもさっきとは用件が違うわけじゃん? 弟を迎えに行くだけなのと、女の子と飲みに行くのとでは、服装も変わってくるでしょ」
たしかに、言われてみればその通りだ。
わたしからすれば、どちらの服装でも、涼くんが魅力的に写ることは変わりないのだが。そういう気遣いができるところに、女性からの支持を得られる理由のひとつが隠されている気がする。
「涼くんって、いつ免許取ったんですか?」
「2年前くらいかな。就職こっちでするつもりだったから免許取らなきゃって」
その後なんとなく大学はどこなんですかと訊ねると、返ってきた答えは、わたしの通う大学の近くのそれだった。
「え、わたし、その大学から近いです」
「まじか。それじゃ、おれの大学生活もうほぼないに等しいけど、あっちでも会えるな」
そんなこと、軽率に言わないでほしい。
こうして話し合う機会が、また巡ってくるかもしれないんだと、無駄に期待してしまうから。
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