涙痕

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涼くんの車に乗ってやってきたのは、一般的な2階建ての一軒家だった。 「あの、ここは……」 「おれの実家だよ。いろいろ考えたけど、最初は家飲みが安定かなって」 玄関の鍵を開け、どうぞと迎え入れられた中は電気がついていなかった。 「弟は飲み会、その後はきっと朝までコースで、両親も留守にするって聞いてるから、だれも帰ってこないし緊張しなくていいよ」 涼くんは、よかれと思って言ってくれたのだろうが、わたしはなおさら緊張してしまった。完全なるふたりきりという状況が、確定してしまったからだ。 階段を上がり、彼の部屋と思われる場所に案内されて、その中に入る。いちばん奥側がベッドで、その手前に テーブルがあり、上には缶が数本置かれていた。 「一緒に買い物するのもアリかなって思ったけど、今日はとりあえず勉強するだけだからおれが勝手に選びました」 「あ、ありがとうございます」 グラスと食べ物も持ってくるから、座ってちょっと待ってて、と言って涼くんは階段を降りる。わたしは、テーブルの前にちょこんと座って、彼が戻ってくるのを待った。その間、つい部屋の中を物色してしまう。異性の生活する空間にお邪魔するのはター坊の部屋以外では初めてだったせいもあり、好奇心が勝ってしまった。 比較的シンプルではあるものの、落ち着いた大人の雰囲気もある。ター坊とは全然違う。 「恥ずかしいから、まじまじと見ないで」 その声に驚き、ぱっと振り返ると、両手に荷物を抱えた涼くんが戻ってきていてそう言った。 「ごめんなさい。つい、気になって……」 「今回帰省してから長いから、生活感出ちゃって、片付けるの結構大変だったんだよ。ボロが出てたら悲しいから、ね?」 「あ、はい。わかりました……」 わたしがそう言うと、ん、いい子、と涼くんはわたしの頭をポンと撫でる。そして、わたしの隣に座って、持ってきたグラスに開けた缶ビールの中身を少し注いだ。 「どういうのが飲めるのか、ひとくちずつ試してみよ。まずは、乾杯の“とりあえずビール”がいけるかどうかから」 そうして、わたしは涼くんが少しずつ注いでくれるお酒を、ただひたすらに飲む。言ってみれば、要領はわんこそばみたいな状態。 「ごめん、どんどん飲んでくれるからおれも注いでるけど、大丈夫? 酔ってない?」 「はい、大丈夫です。どんなお酒でもおいしいですね」 「そっか。それはよかった。まぁ、ビール以降は度数弱いのしか勧めてないしね」 「涼くんも飲んでますか? わたしと飲んでて楽しい?」 「うん。楽しいよ。でも、おれは南津子を家まで送り届ける義務があるから、今日はノンアルだけどね」 「え……」 高揚した気分が、一気に降下していく感覚だった。そんな、まさか自分だけがアルコールを楽しんでいるとは思わなかったのだ。 「南津子、そんなかわいい顔してもだめ。ほら、約束の写真見せてあげるから、機嫌直して」 そう言って、涼くんがふたたびわたしの頭を撫で、スマホを差し出してくる。わたしはそれを疑問に思いながらも受け取り、画面を見ると、袴姿の派手な男性たちが複数人写っている写真だった。 「これって……」 「そ。例のおれの成人式の写真だよ」 「ありがとうございます。やっぱりかっこいい」 「何枚かあるから、気に入ったやつはデータあげる」 そうして、わたしはスマホの画面を横にスクロールして写真を見ていく。すると、何枚目かのそれを見つけたら、動きが止まってしまった。 「この写真は……」 「あぁ、それ。めっちゃ恥ずかしいやつじゃん」 その写真は、わたしが、これまでの人生の中で最も印象に残っているものが写っていた。 「おれの中学の卒業式の写真。あの頃のデータ持ってたやつがいて、成人式の日の飲み会で送ってくれたんだよね。そういやとりあえず保存したんだったな。それの存在おれも忘れてた」 「……この写真も、もらえますか?」 「え? こんなの欲しいの?」 「ふふ、だってこの涼くんの泣き顔かわいいもん。初めて見たときからずっとすき」 「なにそれ。なんかむかつく」 なんで、と訊き返す暇もなく、わたしの唇は涼くんに奪われてしまっていた。
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