接吻

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「菜都子ちゃん。わたしと一緒にやらない?」 翌日の体育の授業、一人二組で準備体操を行え、というものに対していつもはわたし一人で行っていたが、今日はなぜか、例の女の子に声をかけられた。体育は2クラスが合同で行うため、隣のクラスであった彼女とやってもおかしくはないのだが、今まで声をかけようともしてこなかった彼女の態度に妙なざわめきを感じながらも、断ることもできず、そのまま一緒に準備体操をすることになってしまった。 「ねえ、遼って、セックス上手だよね?」 「っ」 わたしの背中を押して体を前に倒しながら、彼女が耳元でそう言う。それに対してわたしは絶句してしまって、起き上がるタイミングになっても体を前に倒れたままの状態でいた。 「遼ってさ、優等生面してるから、エッチとか下手なのかな、って思わせるけど実際は予想以上に上手いよね。ギャップって反則じゃない?」 「やめて」 「それに、キスがだいすきで、すぐに迫ってくるし。それから……」 「もう、やめて!」 わたしは思ったより大きい声が出てしまった。 それでも周りには響かない程度だったのか、わたしたちに視線を向けるひとはいなかった。 「……何が言いたいの?」 「遼に近づくなって脅したのに、懲りてないんだもん。わたし、見たの。脅したその後に遼と会って慰めてもらっていたのを」 彼女は一見すると大人しそうに見えたけれど、イメージとは真逆だった。 どうして、遼はこの子と親しくしているんだろう。 「遼に近づかないで。これから先、一緒にいるだけ不憫な思いをするだけよ。彼にはわたしがいるから安心して」 そう言って、不敵に笑う彼女が不気味で、背筋が凍る。 その後の授業なんて受けられる余裕もなく、わたしは気分が悪くなったと言ってその場をあとにした。 * 「……ただいま」 家に帰っても誰もいない。数年前、わたしの家族はバラバラになった。邪魔者のわたしだけが、最低限の生活は保証してやると名義上の両親に言われ、この家に住んでいる。少し前までは温かみのあった家の中も、今ではすっかり冷え切ってしまっている。 「さーてと。久しぶりに何か作ろうかな」 いつもは冷凍食品やスーパーで購入してきた惣菜を夕飯にしていたが、昨日食べた遼のお弁当に触発されて、たまには自炊してみよう、という気になったのだ。 前述から考えてもわかるように、わたしは決して料理が得意とはいえない。レシピなど見たりせずすぐに作ることができるのは、昔、母に教えてもらった卵焼きだけだ。 「あはは、久しぶりに作ったせいかな……」 フライパンを手にし、作ったそれ。なんとも不格好なものが完成した。口に入れると、味はあのとき食べたものと変わらなかった。そして、遼が作ったものとも…… 一口、また一口と口に運ぶたび、涙が零れ落ちていく。最後の一口を食べたときには、涙の塩分が入り、あまりおいしくないものになってしまっていた。 ――わたしはいまだに遼の連絡先も知らない。きちんとすきだと言われたわけでもない。たいした関係性ではなかったと現実を突きつけられてもむりはないことだったのだ。 ひと泣きしてから改めて考えて見ると、冷静になれていた。 翌朝、起きて鏡を見ると、軽く目が腫れていた。寝る前に少し瞼を冷やしたとはいえ、泣きすぎてしまったのだろうか。わたしは再度冷やすことにし、学校は休んでしまうことにした。 どうせ、行っても楽しいことなど、何もない。 縋る必要性もないのだから、辞めてしまってもいいのではないだろうか。そんなことも考えながら。 一日を退屈に過ごし、明くる日、少し行きづらさを感じながらも制服に着替え家を出ようとドアを開けると、家の前に誰かがしゃがみこんでいたため、どす、と鈍い音が出る。誰かと確認をする前にその人物は立ち上がり、わたしに覆いかぶさるようにして体重を預けてくる。そのまま家の中に逆戻りされてしまって、玄関で押し倒された。
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