名前

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「次、おれの行きたいところに行ってもいい?」 彼は先ほどまでとは打って変わり、真剣な顔つきになってそう言った。そのようすにわたしもたまらず頷くと、彼は柔らかく微笑み、ありがとうと一言。 そうやって連れられて来たのは、小規模なグラウンドだった。そこには数十人の小学生らしき男の子がたくさんいて、わたしたち……というよりも彼を見つけると、少年たちはざわざわと騒ぎだす。 「先生ー。おれらの練習みるのサボって、デートしてたの?」 「先生のカノジョ、きれいなひとだね! 名前なんていうの?」 彼らに圧倒され、気後れしてしまい、わたしが違うと否定する前に、彼が「おれがナンパしただけだから彼女でもないよ」と言うと、さらに騒ぎだした。 「先生がナンパだってー! やらしー!」 「うるさいよ。彼女困っちゃうだろ。そろそろ練習始めるぞ」 そうして、わたしをそっちのけで練習が開始された。どう身動きを取ればいいかわからず、グラウンドの隅に移動して、とりあえず見学する。 この男が、サッカーがすき、というのは先ほどの会話にも挙がったし、以前の記憶からも把握していたことだが、まさかこんな、子どもに教えるような立場のひとになっていたのは予想外だった。 「……ごめん、だいぶ長い時間つき合わせちまって」 練習が2時間程度で、その後に小学生からの質問攻めに遭ってしまったせいで、日がすっかり落ちてしまった。そうは言っても、質問には、大して答えられなかったが。 「いいよ。どうせ今日は投げ捨てたんだし、どんな日になろうと、そんなに大差ないから。それより、あの子たち、かわいいね」 わたしの言葉に、だろ? と返す彼。本日幾度となく見た彼の真剣なまなざしに、思わずときめいてしまった。 「……なあ」 呼びかけに不意を突かれ、わたしの唇に彼のそれが軽く重なる。 「今夜、おれの相手、してよ」 さっきまでとは違う真剣な表情でそんなことを言う。わたしはそれにうんと頷いて受け入れた。 わたしは、この男のことがきらいなはずなのに、拒めなかった。いや、むしろ最初から拒む気なんてなかった。今になって、自覚したんだ。彼に貶された過去があっても、自分が彼をすきだったということを。 無言のままに手を引かれて連れられたのは彼の部屋だった。当たり前だけど彼のにおいが充満している。ドアを開けて中へ入るなり、ふたたび口を塞がれ、今度は深い口づけをする。 「んっ、ふ……、あ、ちょっ、待って……!」 わたしの制止を願う声も無視されて、長い時間唇と舌が絡み合う。お互いの唇が離れたころには腰が砕け、わたしはその場に座り込んでしまった。 「大丈夫?」 そう訊くなりわたしを抱えてベッドまで運び、そこへ降ろされる。彼の部屋に入ってきたとき以上に、彼のにおいに包まれた。 「ねえ、きみって、こういうことするの初めて?」 わたしは、なぜ彼がそんなことを問うのかと疑問に思いながらも首を横に振る。それを見て、彼はがっかりしたような、暗い表情をしたように見えたのは、気のせいだったのだろうか。 いつのまにか朝になっていたらしい。狭いベッドの中にふたりで眠っていて、部屋に差し込む光で目を覚ました。もうひとりの方に目を向けると、彼はまだ眠っているようだった。 まさか、なりゆきでこんな行為をすることになってしまうなんて。だけど、わたしのもうこれ以上彼と関わるつもりはなかった。 もう、この男に振り回される人生は、歩みたくないし、そうするべきじゃない気がする。 昨夜の、わたしと肌を重ねてくれたことを胸に刻んで、いい思い出として切り替えなければいけないんだ。わたしはそれだけで、十分幸せだったんだ、と。
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