2人が本棚に入れています
本棚に追加
ナイトパーク
夜の公園は静かだった。ちらほらと散歩やジョギングを楽しむ人々の足元で、控えめな照明が足元の草花を照らし、上では木々が夜空に向かって梢を広げていた。
「さっきのやつ」アルトは大きな木を見上げながら口を開いた。「べつにきみの椅子を取らなくてもよかったじゃないか。ロボットだって言って、馬鹿にされた気分だ」
「そうだろうか。あの人間たちは椅子が必要だったが、実際あの場所で椅子を見つけるのは困難だったのではないか」バリンはアルトの隣で木に顔を向けたまま、落ち着いた声で答えた。
「違うんだよ」アルトの声は震えていた。「ぼくたちを狙ったんだろ。あいつらが話してること、きみは全部聞こえてたんじゃないのか」
アルトには聞こえない遠くの小さなささやき声も、バリンの聴覚センサには届いていて、バリンはその内容を認識できるはず。
短い沈黙の後、「そうだな」とバリンはうなずいた。「おまえは正しい」
「クソッ」アルトは拳を握りしめた。「ぼくがもっと…… 何か言い返して、追い払ってやればよかったのに、あんなやつ」
「おまえの怒りは正当だ」
アルトはフゥッと息を吐いた。バリンが肯定してくれるのが、心強かった。
「『ロボットですよね』『いえ、この友人はロボットじゃないですよ』」アルトは白々しい声を出し、それから真顔になる。
「ね、バリン。ぼく、何て言えばよかったのかな…… 『ええ、ロボットですとも。それも宇宙一、凶暴なね』」アルトはおどけた声で続けた。「『バリン、やれ!』」
ピュンピュン!アルトはそう言いながら、エネルギー銃を構える姿勢をとる。
「それはトラブルになるだろうな」バリンはにやりと笑ってアルトを見た。
アルトは悲しげな表情で目をそらし、下を向いた。
「あそこで言い返せるくらい、ぼくがもっと強かったらよかったのに。それか、この程度のことなんか気にしないぐらい、強かったらよかったのに」
「アルト、おまえには力がある」バリンはそう言いながら、アルトの肩に手を置いた。「この現実という環境は、人間が生きるのには過酷すぎる。しかしおまえは今まで生存してきた。だから、おまえは充分に強い」
「そうかな」アルトは少し表情を和らげてバリンを見た。「だけど、ぼくと一緒にいるせいで、きみにも悲しい思いをさせてるんじゃないかと思って」
「私はおまえのロボットだ。おまえが楽しいと、私の存在意義が果たされる。逆に、おまえが悲しいときには、私の解決すべき問題がそこにある。アルト、おまえは私と一緒にいないほうが幸せだと思うか?」バリンは落ち着いた声で問うた。
アルトは首を振った。「きみと一緒にいたいよ」
「私も同感だ。アルト、私たちは共に、もっと強くなるだろう」バリンはアルトに向かって微笑んだ。「おまえが過酷な現実を生きるうえで、私が役に立つなら光栄だ」
アルトはバリンの胸に抱きついた。服越しにバリンの機体の温かみと頼もしさを感じる。
「そうだね、ありがと」アルトはくぐもった声で言った。
「こちらこそ」バリンはアルトの背中に腕を回してゆっくりと撫でた。
そよそよと夜風が吹き、木の枝や葉を優しく揺らしていった。ふたつの実体は公園の静寂に溶け込み、夜の星々がその行く先を静かに照らしていた。
最初のコメントを投稿しよう!