物足りなさ

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物足りなさ

先生にはもし会ったら、と言ったけどもちろん毎回一緒に走れるようにしたい。 そのために毎週末早めに来て、先生を待っていた。 そして先生の姿を見ては、偶然会ったふりをする。 古典的ではあるけど、これが意外と上手くいっているようで、毎週土日に先生と一緒に30分程度だけど一緒の時間を過ごせるようになった。 もちろん、走り慣れている先生に合わせるのはかなりの負担だけど、そんな事でくじけては居られない。 一緒に走れない平日は学校から帰ったら、健一や雄馬との約束がある時意外はほぼ毎日近所をジョギングして体力をつけるようにした。 我ながら何をやっているんだろう、と思うときもあるけれどもその甲斐あって、先生の事が色々と分かった。 趣味とか学生時代のこと。なぜ先生になろうと思ったのか。それにとどまらず友人との交流と言った結構突っ込んだプライベートの事まで。 そして、今付き合っている彼女はいないことも。 何とか清水先生の事を聞き出せないかと思ったけど、別の学校の生徒という設定のせいでそれは難しかった。 でも充分だった。 一週間の間に二日間も先生と二人だけの時間を持てる。 まるでデートのようで心が弾んだ。 また、私にとって大きな発見は自分の女装が全く不審がられない事だった。 もちろんウィッグやメイクはかなり気を遣っているし、声もずっと発声を考えてきたつもりだった。 でも、これほどとは。 ただ、先生が私に対してどう思っているのかまでは分からなかった。 今のところは、見る限り「知り合いの中学生と成り行きで毎週末走っている」と思われてるんだろうな、とつくづく感じる。 本当はもっと距離を縮めたい。 先生の目に誰よりも多く映る女性は私でありたい。 性別は男性かも知れないけど、先生のためなら先生の周りにいるどの女性よりも綺麗になってみせる。 それだけの自信もあった。 でも現実は中々停滞気味。 そんな浮ついた様子が目立ったのだろう。 ある日の放課中に健一と雄馬に声をかけられた。 「お前、最近大丈夫か?」 健一は珍しく心配そうな表情をしている。 「え、いや、全然大丈夫だけど。そんなに変?」 「変だね。前に比べて全然しゃべらなくなったしいつも何か考えてる。それに最近付き合い悪くなったし」 「・・・ごめん」 先生と走るために平日走っているからだが、そのため確かに二人との関わりは薄くなっている。 ただ、理由はそれだけじゃ無い。 先生と過ごす時間が増え、その間の私は多少身分を偽っているとはいえ、本当の自分―女性としての自分で居ることが出来る。 そして、正体を知らないとはいえ結果的にそんな自分を受け入れてもらっている。 それはこれまでの人生で経験したことが無いほど、胸が高鳴るような、多幸感に包まれている時間だった。 私はこんな風に生きたかったんだ。 好きな男性に女子として見てもらい、自分も女子として振るまい生きることが出来る。 それに比べ、男言葉を使い、クラスの女子を異性として見る会話をする。 そんな行為に対して空虚さを感じてしまっていた。 以前からそれは感じていたが、蓋をすることが出来ていた。 届かない事を夢見るよりも現実と折り合いをつけよう。 でも、夢と思っていたのは実は夢で無く現実なのかも知れない。 ならそれにもっと触れていたい。 当然の気持ちの変化だった。 最近学校でもその事ばかり考えてしまい、上の空になることが多かった。 「お前が何に悩んでるのかは知らないけど、良かったら今日の昼付き合ってくれよ」 雄馬がどことなく真剣さが混じった口調で言った。 「うん、分かった。久々に三人で話そうよ」 「よし、決まり」
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