吟遊詩人

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吟遊詩人

「驚かせてごめんね。実は、君達をこっそりとつけてきたんだ。ボクの名前はレイヴィン。旅の吟遊詩人だよ」  それらしく小さな竪琴を小脇に抱えている。長い銀髪を後ろでゆるく編んで束ね、にこやかな色白の美しい顔は、声を聞かなければ女性かと見紛うところだった。 「吟遊詩人だと?ここはもう古代竜の領域(テリトリー)だ。吟遊詩人がこんなところまで何故ついてきた?というか、そんな軽装でよくここまで来られたな」  レイヴィンの出で立ちは、ふわりと羽織った外套の隙間から革製の胸当ては見えるが、布をたっぷり使ったポワンとした袖や底の薄そうなブーツ。街でウィンドウショッピングでも楽しむような身軽さで、とても旅の服装ではない。 「君達の活躍を一番近くで見て、歌にしたい。君達の英雄譚を世の中に広めたいんだ」 「呑気なことを……俺達がこれから向かうのは古代竜の棲み家だ。もう何人も犠牲になってる。帰れる保証なんてない」 「分かってるよ」 「分かってないな」  今回の古代竜討伐に関してはエイク史上一番難しい依頼だと見ている。それでも引き受けたのは、自分の中の少しの正義感とチャレンジ精神、莫大な報酬額が、恐怖よりも勝っていたから。ここにいる討伐メンバーは大体似たような者達ばかりだ。  戦闘要員でもない吟遊詩人風情が覚悟を持ってここまで来ているとは考え難い。連携が取れない者を連れて行くのは正直足手纏いだ。 「お前も、死ぬかも知れないって言ってるんだぞ?」  エイクは大剣をレイヴィンに突き付けて脅した。 「死ぬのはファーニルだよ」  脅しは全く気にする様子もなく。レイヴィンは軽い口調で、しかし自信満々に言い切った。 「君、サンドオーグルを倒した人でしょ?」  レイヴィンは人懐っこい顔でウィンクする。 「……足手纏いだと言ってるんだ。何かあってもかばえない」 「それなら大丈夫。ボク逃げ足には自信があるし。足手纏いにならないように、自分の身は自分で守るよ」  その落ち着き払った様はただの吟遊詩人とは思えない違和感を覚えた。事実ここまで気付かれずに一人でついて来たと言うのだ。  腰には鞘に入った剣を下げている。少しは腕にも自信があるのだろう。  エイクは剣先を下ろしてため息を吐いた。 「勝手にしろ」  エイクが言うと、レイヴィンはニッコリ笑って、それから夜空を見上げた。 「今日は蒼い三日月の夜。戦いの女神がきっと微笑んでくれるさ」
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