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Tさんという女性からの話である。
夏の終わりかけのある日のこと。彼女は弟が一人暮らしをしているアパートに来てくれと言われた。
子どもの頃はそれなりに仲がよい姉弟だった。
気が弱くていじめられることもあった弟を、気が強い方であるTさんが守っていたこともあった。
お互い社会人になってからは会う回数自体が減っていた。そのため、弟の方から家に来てほしいと言われたのはTさんにとっては少し嬉しく思われた。
しかしその少し浮かれた気持ちも、彼の部屋まで来てみると一変する。
アパートの部屋のインターホンを押し、弟が応答する。
「あたし、来たけど」
「ありがとう」
弟に鍵を開けてもらい、Tさんは中に入った。
気になることとして、異様な臭いがした。
生臭いのとも少し違う、酸味を感じる臭いだった。シャツにお酢をかけて夏場に1日放置するとこのような臭いになるのではないかと、Tさんは一瞬で思った。
「実は、困ってることがあるんだよ」
靴を脱ぐ途中のTさんに、弟が話しかけてくる。
なぜか、靴をうまく脱げない。足元がふらつく。壁に手を当てて体を支えながら、Tさんは靴を脱いだ。
「何? 部屋が片付けられなくて困ってるとか?」
臭いから連想してTさんは言う。いわゆる汚部屋状態になっていることを危惧した。
「いや、そういうわけでは」
弟の言うとおりではあった。
玄関から入るとまず台所があるが、特に床にゴミが散乱しているわけでもない。入ったときに感じた臭いはまだあるものの、徐々に鼻が慣れてきた。ただ、頭がふらふらとする。平衡感覚がおかしいのか、あるいは臭いの元凶は何かのガスなのか。
「こっちなんだ」
促された方へ行く。閉まっているドアを弟が開ける。
昼間だがカーテンが閉められていた。ドアを開けて入ってきた明かりによってわかったが、そこは寝室であった。ベッドが見える。
弟が部屋の電気を付けた。
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