もういない君と車窓を望んで

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 夏の終わりに海へ行ってから、私は咲羽香の連絡を無視しつづけた。それから時間が立ち、十二月頃、ようやく二、三の内定をもらうことができた。  それなのに、私は不安だった。  自分の性的指向はハンデのように感じられ、親の庇護を外れても無事に生きていけるのかわからなかった。  ひさびさに大学構内を歩いていると、咲羽香に会った。雪がちらついていた。連絡を無視していることが後ろめたく、責められるだろうと気が重くなった。  けれど、咲羽香はそのことにまったく触れなかった。  お正月に予定はありますか、なんて、何事もなかったかのように訊いた。  その暢気さが許せなくて、夏以降くすぶっていた思いが爆発して──私は、彼女をひどくなじってしまったのだった。今とほとんど、同じ言葉で。  言葉を失ってしまった咲羽香は、ふらふらと背を向けて歩き出し、学生たちの中に混じって見えなくなってしまった。  私が事の顛末を知ったのは、それから一か月程度たってからだった。  咲羽香の同級生から、電話があったのだ。  勝手に番号が漏れていることに辟易したが、咲羽香を一方的になじった罪悪感もあり、電話をとった。  相手はひどく取り乱していて、私は何度も責められた。私のせいで、咲羽香はいなくなってしまったのだと言われた。連絡もつかない、親が退学の手続きに来ていたけど何も話してもらえなかった、あの日、心ここにあらずの様子で学内を出ていくのを見た……  与えられた情報は断片的で、私は彼女が死んだということを、うまく飲み込めなかった。  今日に至るまで、実感がわかなかった──けれど。  ガタン、と音を立てて、電車が止まった。  私は座席に腰をかけ、すすり泣いていた。急停車したわけではなく、駅に止まっただけのようだった。アナウンスが知らない駅名を告げた。だだっぴろいホームには降りる人も乗る人もなく、電灯が、吹きすさぶ雪をしらじらと照らし出していた。  咲羽香がすぅっと立ち上がった。  そのままふらふらと、電車を降りていく。  私は後を追って、電車を降りた。誰もいない改札を素通りし、駅舎を出る。外には一面に雪が広がっていた。スーツとトレンチコートでやってくるような場所ではなかった。たちまち寒さが染み入って、歯が勝手に鳴りはじめた。  咲羽香は街灯もない道をふらふらと歩いていた。あたりは降り積もった雪のせいか、ぼうっと明るかった。咲羽香の姿も、ほのかに光を帯びているように見えた。  不意に、腑に落ちた。  あの日、ふらつきながら姿を消した後、彼女はきっとあてもなく電車に乗ったのだ。きっと私は、彼女と同じ電車に乗っていた。そして最後に、ここにたどりついた。  急に、今まで欠けていた実感が押し寄せて、寒さと一緒に胸を冷やした。私は必死に、彼女の背を追った。パンプスが積もった雪に埋まって足から抜けそうで、喘ぐように前に進んだ。顔に大粒の雪がぶつかってきて、目に染みた。  咲羽香だって、別に、暢気だったわけじゃない。  わかってた──思い詰めている私の気持ちを、遊びにつれだしてほぐそうとした。私の近況を知らないから、当たり障りない話題を選んだ。  自分が信じている明るい未来を、私にも見せようとしてた。  不安につかまって、信じられなかったのは、私の方。どうしようもなく先のことが怖くて、不安を払拭したくて、咲羽香の就活にまで口を出して思い通りに動かそうとして……  咲羽香は、せいいっぱい私の助けになろうとしていた。それなのに、自分じゃけして私を安心させられないと突き付けられて、絶望してしまったんだ。  涙を拭いた手に寒風が吹きつけ、たちまち温度を奪われる。鼻が詰まって息が苦しかった。彼女との距離は縮まることもなく、離れることもなかった。  けれど急に、咲羽香の姿が消えた。
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