もういない君と車窓を望んで

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 私はもつれるように走って、咲羽香の消えた場所まで行った。  慌てながらあたりを見渡すと、道の脇、畑らしきだだっ広い場所に、仰向けに寝転んでいるのが見えた。  私は土手を滑りながら下って、彼女のところまで歩いていった。  咲羽香の隣に、寝転ぶ。  暗い夜空が、視界いっぱいに広がった。歩いている間、顔にぶつかってきた雪は、風に吹かれて右に左に動き、ゆっくりと降り落ちてくる。はぁ、と長く吐いた息が空気を白く染め、すぐに消えた。雪は身体のかたちに変形して、私を受け止めていた。最初は冷え冷えとしていたが、次第に慣れ、あたたかいとすら感じるようになった。悪くない寝台だった。  忘れていた彼女の思い出が、頭の中にあふれた。  好きですよ、ってはにかんだ顔。  秘密の話を耳打ちされたときのくすぐったさ。  頭をなでるだけのつもりだったのに、急にたまらなくなってキスしたときの、恥ずかしさと多幸感。  一緒に目を覚ましたときの、おだやかな気持ち……  咲羽香との思い出は、どれも彼女が描く水彩画のようだった。淡くて、きれいで、はかなくて、不確かだった。あのやわらかい色彩みたいな時間をずっと過ごしていられたらよかった。  けどやっぱりそれは、就職とか結婚とか老後とかの現実の前では、あまりに不確かに思えて。  今更ながら、あのクズの言葉を思い出す。  自分のこと好きな子と結婚したいって、そんなのズルいよ。  なんでどっちも手に入れて当然って思ってんの。私らは、どっちかしか選べないのに、さぁ。  そう突き付けられたから、私は死にたくなるくらい傷ついたんだ。  まあ、でも、もうどうでもいいか……  私は手を動かした。咲羽香の手を握っていたかった。でも、幽霊って触れないのかな? 「咲羽香……」  返事はなかった。  咲羽香の方を向いて、私は、彼女の姿がないことに気づいた。  思わず、起き上がる。  雪の積もった地面しかなかった。あたりを見回しても、今度はどこにも見つけられなかった。咲羽香はきれいさっぱり、消えていた。  ごう、っと風が吹いた。  さっきまであたたかさすら感じていたのに、信じられないほどの寒さが襲ってきた。私はガチガチ歯を鳴らしながら、身体を掻き抱いた。背中が溶けた雪で濡れて、風で冷やされる。  死ぬつもりでいたくせに、雪原を溺れながら、取って返していた。  あまり深く考えられていなかった。  ただ、もう、本当に寒くて、それをどうにかしたかった。  土手を上りたいのに、雪で滑り落ちてしまう。何度も繰り返して、ついには顔ごと雪に突っ込んだ。なんかもう、滑稽すぎて笑えてきた。 「こんげな日に何やってんだ!」  私の手首を、強く掴んだ人がいる。私は呆けたように、その人の顔を眺めた。
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