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「深山も見学なのか?」
僕はプールサイドに腰掛け尋ねた。六月半ばの日差しが容赦なく降り注ぐ。人工芝が敷き詰められているとはいえ、お尻が焼けてしまいそうだ。悠々と寝そべる彼が少し羨ましくなった。
「日焼けだけは阻止したいからね」
深山は手鏡で顔をチェックした後、リュックから日焼け止めスプレーを取り出し、満遍なく吹きつけた。この暑さにもかかわらず上下長ジャージを着ているのも日焼け対策のためなのだろう。
「見学は成績に響くんじゃないか。副教科は内申点二倍だぞ」
「うるさいなあ。うちの親みたいなこと言わないでよ。そっちも見学のくせに」
僕が黙りこくると、深山は勝ち誇ったように口角を上げた。濡羽色の髪に映える真っ白な肌、涼しげな奥二重、ツンと上を向いた鼻先、生命力の感じられない薄い唇。しかしミステリアスなのは外見だけで、中身は年相応のようだ。
「キミこそ成績優秀なのにいいの?」
「僕のこと知ってるのか?」
「定期テストの結果、廊下に貼り出されるでしょ。浅間 壱。イチなんて名前で毎回トップに君臨してりゃあ、嫌でも覚えるよ」
「深山は何位なんだ?」
「イヤミ? 下から数えたほうが早いに決まってんでしょうが」
僕との会話に嫌気がさしたのか、深山はファッション雑誌を取り出し、胸の前で広げた。対岸のプールサイドから先生が遠慮がちにホイッスルを鳴らし「深山くん、雑誌はちょっと!」と声を張り上げる。反抗するように深山がイヤホンを装着する。
「僕でよければ教えようか、勉強」
立ち上がった僕の影が深山を覆う。深山は心底鬱陶しそうな顔で、片方のイヤホンだけを外した。
「なんで?」
「深山の力になれるかと思って」
サングラスの上で形の良い眉が歪む。ため息をつきながら深山が雑誌を閉じた。
「キミさあ」
水の中で楽しげに泳ぐクラスメイトを眺めていると、どこか遠い国の出来事を見ているような気持ちになる。
「誰のために生きてるの?」
誰かの声が重なった気がするけれど、思い出せなかった。
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