第二章

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「見せて」 「はぁ!? 何を?」 「別人になった深山が見たい」  それは衝動、あるいは僕が持った初めての意思だった。深山はしばらく呆気にとられた様子だったが、観念したのかリュックから携帯電話を取り出した。さすがにここで化粧はできないので、写真を見せてくれるらしい。携帯電話の持ち込みは原則禁止されているが、今の僕には(とが)める権利も理性もない。  深山が細い指で画面を操作すると、視界にたちまち鮮やかな朱色が広がった。目尻、頬、鼻先、唇。まるで紅葉のグラデーションだ。赤を基調とした色使いは色白の彼によく合っていて、僕はため息を漏らした。 「綺麗だ、すごく」  深山の頬が写真の中の彼と同じくらい赤くなる。 「バカにしないんだ?」 「人の芸術を馬鹿になんてしないさ」  そう、これは芸術だ。芸術だから、別人になっても、深山はちゃんと綺麗なままだった。液晶越しの深山も、今目の前で「ありがと」と微笑む深山も等しく美しく、僕はなぜか涙があふれた。深山が慌ててハンカチを押し当てる。家庭用の柔軟剤の香りがした。
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