第二章

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 次のプール授業の日から、深山は気恥ずかしそうに「おはよう」と声をかけてくれた。それから見学のたびに僕たちは親睦を深めた。深山は美容学科のある高校を目指しているらしい。僕にメイクを施すならどんな色を使うか。まずはメガネをコンタクトにした方がいいだとか。たわいもない話を飽きることなくし続けた。  やがて夏休みが終わり、プール授業は今日を含めて残り僅かとなった。深山はいつも通りリクライニングチェアに腰掛け、手に持った水筒を勢いよく傾けた。ガラガラと涼しげな氷の音がする。 「飲む?」  深山が口元を拭いながら水筒を差し出す。物欲しげな顔をしていただろうか、と反省しつつ頷いてそれを受け取り、口に運んだ。罠だとも知らずに。 「なんだコレは!?」  舌に広がる甘ったるい液体は、どう考えても水ではなかった。鼻から吹き出しそうになるのを堪えながら咳き込む僕を見て、深山はおかしそうに腹を抱えている。 「自家製トロピカルジュースさ。自販機のココナッツミルクとバナナジュース、オレンジジュースを混ぜたら完成。結構美味いでしょ」 「こ、校則違反だ! 飲み物は原則水かお茶を家から持ってくるルールだぞ!」 「うるさいなあ。飲んだんだから共犯だよ」  じゃれ合う僕たちを見て、対岸の先生が満足そうに頷いている。以前の僕ならそれを誇らしく思ったかもしれないけれど、今はどうだってよかった。 「ねえ、いい加減教えてよ。どうしていつも見学なの?」  やっと笑いが収まった深山が目尻に浮かんだ涙を拭いながら尋ねる。光を反射する水面、さざなみの(きら)めき、バタ足で上がる水飛沫、クラスメイトたちの笑い声。どれもが凶悪なまでに美しく、そして遠い。 「水に入っちゃいけないんだ」 「なんで?」 「小さい頃から母にそう教えられている」 「川も? 海も?」 「入ったことがない。湯船もだ」  引かれるに違いない。そう思ったが、深山は顔を青ざめさせ「半身浴できないじゃん……」と言うだけだった。そこじゃないだろ、そう言って笑うと、つられて深山も笑った。その底抜けの明るさに僕は救われる。  気づくと蝉はもう鳴いていない。日陰は涼しく、お尻が焼けてしまうほどの熱は消え去っていた。穏やかな風が吹き、深山の髪が稲穂のように揺れる。今年の夏もまた終わりを告げようとしている。 「夏が終わってもさ、また話しかけていい?」 「ああ、もちろんだ」  僕が当たり前のように答えると、深山は溶けかけのアイスみたいに顔をほころばせた。
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