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黒刀と甲冑
リビングのソファーで黒江さんは怠そうに横になっていた。
「あ、修さん。起きたんですね・・・身体の調子は如何ですか?」
「僕は大丈夫です。黒江さんこそ、大丈夫ですか?」
「だいぶ回復しました。新しい加護が備わっていれば、奥さんと娘さんを救える糧になりますから」
僕に力を注いだせいで、こんな状態なのに気遣ってくれている。
黒江さんは本当に優しいな。
「重ね重ね、ありがとうございます。もう少し休んで下さい」
「お言葉に甘えます。その間に、色々と試してみましょう」
テーブルを持ち上げてみたが、腕の力が強くなった感じはしない。
「腕力は今まで通りです。加護によって得る力はパターンがあるんですか?」
「基本的に力とつくモノが強化されます。今の修さんなら、脚力と回復力ですね」
鬼と戦うのに有利な力であれば良いけど、自分では良く分からない。
そもそも、加護により力がついてるかも分からないんだよな。
色々と試してみたが、これといって何か特別な力が備わった様子は無かった。
「すいません。折角、苦労して力を注いで貰ったのに」
「良いんですよ。普通は一つしか備わらないんですから。もう、十分に回復しました。洞窟の奥に隠した武具を取りに行きましょう」
灯籠を手にし、黒江さんと共に洞窟の奥へ進む。
「黒江さん、何かいます」
僕は暗闇の中に何か生き物が潜んでいるのを見て、黒江さんに注意を呼び掛けた。
「あんな暗がりの中が見えるんですか?」
「はい。見えますけど・・・コウモリですね。天井にビッシリ居ます。どうしたものでしょう」
「修さん、灯籠を消してみて貰えますか?」
何か考えがあるのだろうか?しかし、流石に何も見えなくなるのは不味いんじゃ・・・そう思いながら灯籠を消してみると、何故か洞窟の中が見えていた。
どこからか光が入ってるのだろうか、思ったより暗くない。
「見えますか?」
「はい。思ったより暗くないですね」
「いえ、真っ暗ですよ。私は何にも見えませんから手を引いて下さいね。コウモリ達を刺激しないよう、静かに進みましょう」
黒江さんは見えていない・・・と、いう事は新たに備わった加護は眼力という事なのか?
今は役に立っているが、戦いでは役に立ちそうにないな・・・ガッカリしながら、僕は黒江さんの手を取り静かに歩きだした。
少し冷たいけど、柔らかくてしっとりしてる。
僕の手の方がカサカサしていて、何だか恥ずかしい。
そんな事を考えているうちにコウモリ達の居るエリアを突破した。
灯籠をつけたまま近づいて、襲われでもしたら堪ったもんじゃない。
「もう大丈夫そうです。灯籠をつけますね」
そう言いながら、手の力を抜いたが黒江さんは僕の手を離さなかった。
「このままじゃ、いけませんか?」
もしかしたら、怖いのだろうか?
そう思った僕は手を握り返した。
しかし、言葉が出てこないので黙って歩く。
こんな時、なんて言えば良いのかが分からない。
ふと思い浮かんだのが「怖がりな子猫ちゃんだな。僕は手を離したりしないから安心しな」だったので急ブレーキで言うのを止めた。
黒江さんは僕を口が上手いとか言うが、女性経験は希だけだから本当に素直に言っているだけで気が利いた事を言えない。
だから、僕は黒江さんに対する気持ちが伝わるよう優しく手を握った。
そのまま、暫くはお互い何も言わず歩いたが黒江さんが静寂を破る。
「手を繋ぐの嫌じゃありませんか?」
「それは無いですよ。ただ、僕はオジサンのカサカサした手をしてるのが恥ずかしくて」
「そんな事を気にしていたんですか?逞しい手ですよ」
そう言いながら、黒江さんはクスクスと笑った。
何百年も生きているとは思えない、少女のようなあどけない笑顔だ。
記憶が抜けている部分もあるが、大人になって社会に出てからは人に気遣いながら笑うようになったように思う。
「黒江さんは、本当に笑顔が素敵ですね」
「また、修さんは本当にお口が上手いんだから」
「いや、本心ですよ。僕はもう、そんな風に笑えませんから」
「人間はお仕事が大変そうですものね。でも、ご家族と過ごしている時くらいは気が休まり笑えていたのでは?」
「・・・笑ってはいたんですが、だんだんと笑うのが義務みたいな感じはしていました。そうしないと、幸せな家庭って言えない気がして」
「無理に笑っていたんですか?」
「そうなのか、そうでないのかも今は分かりません。記憶が戻れば、ハッキリするとは思いますが・・・あれ、何か見えてきましたよ。神社?」
こんな洞窟の奥に神社があるなんて・・・驚きだ。
「あそこに蛇鬼を討つ力を持つ刀と甲冑があります」
鳥居に狛犬の代わりに蛇の像がある。
参道を進み、本殿の前に立った黒江さんは扉を開けた。
中には黒い甲冑と黒い鞘に収まった刀が飾られている。
「これが、白波を討つ為の刀と甲冑です」
「雰囲気ありますね・・・あとは、これを笑助さん達の誰かに渡せば良いんですね?」
黒江さんは僕を見つめ、首を横に振る。
「私に選ばれた修さんこそが、この刀と甲冑の主に相応しいのです」
「僕!?いや、明らかに戦力的に笑助さん達の方が相応しいのでは?」
黒江さんは狼狽える僕から目を逸らし、少しうつ向きながら答えた。
「修さんに生き残って欲しいからです。無事に奥さんと娘さんを取り戻して、幸せな人生を送って欲しいのです。例え、私の事を忘れてしまっても」
そう言った黒江さんは顔を上げ、頬を赤く染めて潤んだ瞳で僕を見つめる。
この時、僕はようやく気がついた。
黒江さんは、僕に過去の誰かを重ねていただけでは無く・・・好意を抱いてくれていたのだと。
「ありがとうございます。ただ、僕は黒江さんの事を忘れたりはしません」
「・・・修さん、刀と甲冑に近づいてみてください」
唐突な言葉に戸惑いながら、言われた通り近づいてみると・・・何か透明な壁のようなモノに遮られて触れる事ができない。
「触れませんね。これも、結界とか言うやつですか?」
「私の家族にならなければ、刀と甲冑は扱えません」
「なら、尚更・・・」
そう言って振り向くと、黒江さんは服を脱ぎ始めた。
「く、黒江さん!?」
「だから、私と契りを交わして家族になって下さい。今だけで構いません・・・全てが終わったら忘れてしまっても、今だけは私を愛して下さい」
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