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背信と告白
誰も戻って来ない・・・まさか、皆やられてしまったのか?
不安を胸に、チラッと黒江さんを見る。
「外へ出てみましょう。確認したい事があります」
笑助さんには外に出ないようにと言われていたが、緊急事態だし致し方ないだろう。
外に出ると黒江さんは難しい顔をして口元に手を添えた。
「結界は二つ破壊されてます」
「分かるんですか?」
「戦う力はありませんが、それなりに様々な力は宿してますから。皆の大体の位置も分かります。ただし、誰であるかとか生きているかは分かりません。今宵は満月・・・生け贄の儀が執り行われる前に皆と合流しなければ、取り返しのつかない事になります」
居場所が分かっても、生死不明か・・・不吉な事を言わないで欲しいと思いながら、僕らは一番距離が近い場所に誰かの元へと向かう。
そして、森の中で僕は絶句した。
木にもたれ掛かっていたのは、四人の中で最強を自負していた杭杉の惨殺死体だった。
それは吐き気を催すほど酷い姿で、後頭部が真横に切断された上に腹が裂かれている。
これが鬼に敗北した末路かと思うと、身が震えた。
「・・・杭杉」
「黒江さん、大丈夫ですか?」
自らの身体を痛めて生み出した子が、こんな変わり果てた姿になってしまったのだから動揺しているに違いない。
そう思って声をかけたが、黒江さんは表情一つ変えずに踵を返す。
「弔いは後です。行きましょう」
強い人だな、本当は悲しいだろうに・・・僕は何も言わず黒江さんの後に続いた。
山に入り、山道を上がって行く。
かなり歩いたな・・・それなりの標高はあらそうだ。
そんな事を考えていた僕はそれを見て思わず声を漏らした。
「・・・惨い」
それは藍花の惨殺死体・・・何をどうすれば、こんな風になるのだろうか?
まるで巨大なハンマーで杭を打ったかのように藍花の下半身は地面に突き刺さっており、首は身体にめり込んでいた。
更に薪を割ったように真っ二つにされている・・・杭杉に続き、鬼の残虐性と恐ろしさを思い知った。
無意識の内に合掌していた僕を急かすように黒江さんは歩き出す。
「少し離れた場所、祠付近にも誰か居ますが恐らく既に・・・この近くにも誰か居るはずですが、嫌な予感がします。一旦、クルーザーに戻って態勢を整えましょう」
それって、生き残っている可能性があるのは笑助さんか香住さんのどちらかだけという事なのか?
二人の事を思いながら、僕は黒江さんの方を向く。
何かが風を切る、ヒュンという音がした。
次の瞬間、黒江さんの首が宙を舞い、近くの木に斧が刺さった。
地面に落ちた黒江さんの首と目が合う。
余りにも突然の出来事に茫然自失となった僕の背後から聞き慣れた声がした。
「流石、清められた武器だ。黒江の首をはね飛ばせたな」
振り返ると、そこには笑顔の笑助さんが居た。
何、笑ってるんだ・・・なんで、こんな事を?
怒りと混乱で血を滾らせ、僕は叫ぶ。
「笑助ぇ!!」
「ブラザー、落ち着いて話を聞いてくれ」
裏切り者の言葉に耳を貸す訳が無い。
相手が例え、笑助さん・・・いや、笑助であっても僕がやるべき事は一つ。
「斬る!!」
「ブラザー・・・その姿、もう手遅れなのか」
一瞬、笑助が悲しそうな顔をしたように見えたが、そんな事はどうでも良い。
僕は地面に蹴り、一気に刀の間合いまで詰めよった。
そして太刀を振るい笑助の胸を斬り裂く!
血を飛び散らせながら、笑助は後ろに飛び退く。
浅かったか・・・だが、僕のスピードに流石の笑助もついてはこれないようだ。
何か言っているが、聞く必要は無い。
このまま一気に黒江さんの仇を討つ!
笑助の顔から余裕が消えると共に身体が変化していく。
左右の腕が巨大な蛇となった。
これが奴の正体か。
大蛇となった左右の腕を鞭のようにしならせ、笑助は攻撃を仕掛けてきた。
回避したものの、その一撃は凄まじく地面が隕石でも落ちたかのように陥没した。
甲冑を着ているとは言え、あんな一撃をまともに受けたらタダでは済まない。
激しさを増す笑助の攻撃を紙一重で避け続ける。
最初にかすめた攻撃から、自分の力が通じると思ったが・・・反撃する余裕が無い。
気がついたら、崖まで追いやられていた。
思い上がっていた・・・笑助の実力は僕を大幅に上回っている。
だが、このまま黙ってやられてたまるか!
背水の陣で挑むまで!
まだ何か喋っているが、聞く耳は持たない。
惑わされてなるものか。
躍動する蛇の腕は加護を受けた目を持ってしても完璧には見切れない上に斬れるかどうかも怪しい。
笑助の予想を上回らなければ仕留められない・・・腕の動きを良く見るんだ、好機を逃すな。
中段の構えを取り、意識を集中させる。
攻撃を見切った僕は笑助の腕に乗り、それを足場に駆けた。
そして、首を狙うと見せかけて上段の防御を誘い素早く側面に回り込む。
フェイントに引っ掛かかり、がら空きの胴に全身全霊の力を込めた一太刀を浴びせる。
手応えはあった。
切り裂かれた胴体から血を吹き出しながら、断末魔の叫びと共に笑助は崖から落下する。
深手を負って、この高さから落ちたなら普通は死ぬだろうが・・・確認する為に山を下りるのは時間の無駄だ。
僕は黒江さんの生首を抱き締め、今までの黒江さんと共に過ごした時間を思い出しながら、今更の告白をした。
「僕は黒江さんの愛に応えられないから、言えなかった。こうなってから言う事がどれだけ卑怯な事かは承知してます。それでも、言わせて下さい・・・愛してます。だから、どうか甦って下さい。また、優しくて可愛らしい笑顔を見せて下さい」
さっきまで聞こえなかった取りの囀ずりと虫の音だけが山に響く。
神様とは言え、首を切断されたら完全に死んでしまうのか・・・奇跡は起こらなかった。
孤立無援となったが、それでも僕がするべき事は変わらない。
黒江さんの目蓋を下ろし、僕は山頂にあるという白波が住まう寺へと向かう。
全てに決着をつけるべく・・・
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