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加護と慈愛
「病院では力が定着していなかったので、逆に体調に異変を感じたと思いますが・・・今はどうですか?」
「今は嘘みたいに身体の調子は良いです」
「走ってみて下さい」
急に走ってと言われ、少し戸惑ったが言われるがまま僕は走り出す。
そして、自身の脚力に驚愕した。
自分の身体じゃ無いみたいに、早い!?
スピードを制御できず、僕は木にぶつかって倒れてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
黒江さんは倒れた僕を心配そうな顔で覗き込み、額に手を添える。
ひんやりしているが、妙に心地好い。
強打したオデコから痛みがひいていくのを感じた。
「す、すいません。自分の身体じゃ無いみたいに軽くて・・・く、黒江さん!?手から血が!」
「いや、これは修さんのオデコから出た血ですよ」
僕は自分のオデコを触ってみたが、血は出ていない。
「もしかして、火傷を治してくれたみたいにオデコの傷も?」
「はい。ただ、力を使いすぎると半霊体の身体で触れられる物に限りが出てしまいます」
黒江さんは僕の身体を治す為に力を使いすぎて、病院では紙や鉛筆しか持てない状態だった。
身体に注がれた黒江さんの力が定着していなかったから、あの時は微熱と倦怠感が酷かったという事だろう。
そして、今は常人より高い身体能力を得た・・・のか?
試しにぶつかった木にチョップしてみたが、切り裂けたりはしなかった。
「何を?」
急にチョップをくり出した僕に黒江さんはキョトンとした顔で尋ねる。
「いや、何でも無いです。脚力が上がったけど、腕力は今まで通りって事ですかね?」
「私達が力を注ぐ行為は加護と呼ばれ、人各々に多種多様な効果をもたらします。修さんの場合は脚力強化です」
じゃあ、キックなら木をへし折れたりするのだろうか?
でも、ぶつかってオデコから血が出るという事は身体が丈夫になった訳じゃ無いって事だ。
下手したら逆に足がへし折れるかも知れない。
黒江さんの加護があるとしても、病院で襲ってきた鬼婆のような化物に太刀打ちできるか不安だが・・・笑助さんに言われたように、もう腹をくくるしか無いのだろう。
希と叶を取り戻し、操られている清太を助ける。
そして・・・きっと、過去の誰かを僕に重ねているとしても黒江さんの恩義に報いたい。
「私達は復活した白波を討ちに、くちなわ島へ向かいます。修さんは・・・どうしますか?」
「勿論、ご一緒させて下さい。それと、さっきは取り乱して、みっともない姿を見せてしまい・・・すいませんでした。頼りないかも知れませんが、黒江さんの恩義に報えるよう頑張ります」
「・・・恩義ですか。古の争いに巻き込んでしまったのですから、むしろ恨まれてしまうかと思ってました。奥さん、娘さん、友人・・・皆が無事に帰ってくる幸福な結末を祈ります」
黒江さんの言葉には嘘偽り無い、優しさを感じた。
「さっき黒江さんは僕を優しすぎるくらい、優しい人だと言いましたが・・・黒江さんの方が慈愛に満ちてますよ」
「また、そんな事を言って・・・修さんは口がお上手ですね」
黒江さんは顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。
どうやら、照れているらしい。
恐ろしく歳上なのだろうが、反応が初々しくて可愛らしい人・・・いや、神様か?
そんな中、一台の車が公園の前に停まった。
「迎えが来ました。では、失礼致します。これからの事は笑助に言付けておきます。おやすみなさい、修さん」
「分かりました。おやすみなさい、黒江さん」
振り向いた黒江さんは、微笑みながら僕に手を振った。
僕も笑顔で手を振って応える。
黒江さんを乗せた車が走り去るのを見送った僕は、笑助さん達がいるアパートに向かいながら、記憶が抜け落ちている件について聞きそびれた事を少し後悔したが・・・また、次の機会に聞けば良いだろうと気を取り直した。
それに、今となっては記憶が抜け落ちている事は大した問題じゃ無いように思う。
アパートに戻ると、居間で笑助さんと兼吉君がテレビゲームをしていた。
「あ、修さん。お帰りッス」
「おう、受け入れられたか?」
「はい。言われた通り、腹をくくりました。改めて、宜しくお願いします」
笑助さんは僕の顔をまじまじと見て、ニヤリと笑った。
「良い面構えになったな」
「アニキ、敵にやられてますよ?」
「カネぇ!?なんで助けないんだよ!」
画面を見ると、笑助さんが操作していたキャラが敵にやられてゲームオーバーの文字が表示された。
「だって、カバーできるような場所に居なかったじゃないッスか」
「あー!!もう少しでランク上がるとこだったのに!」
この二人は、本当に仲が良いな。
微笑ましく眺めながら、夜は更けていった。
翌日、僕らはくちなわ島に向かう為に必要な物を買い出しに行った。
「カネ、マジで一緒に行く気か?」
「だって、もしかしたら組の生き残りがいるかも知れないんッスよ?アニキと居た方が安全ッス」
笑助さんは困った顔で僕の方を見た。
どうやら、笑助さんは兼吉君に事情を話していないらしい。
「カネ、お前さぁ彼女居なかったっけ?」
「彼女って訳じゃ無いッスけど、風俗嬢のフレンドならいるッスよ」
風俗嬢のフレンド・・・つまり、身体だけの関係って事だろう。
「もしかしたら、そこそこ長く島に居るかも知れないからデートでもしてこいよ。ほら、小遣いやるから」
「え、こんなに?アザッス!」
兼吉君は笑助さんから金を受け取り、軽やかな足取りで去って行った。
「笑助さん、兼吉君には何て伝えてるんですか?」
「島には野生の黒蛇草を採りに行くって言ってあるんだが・・・ついて行くって聞かないんだわ。加護が無い人間が、生きて帰れる訳が無い。アイツには悪いが、出発の日を誤魔化して置いて行く」
「賛成です。良いやつですもんね、彼」
「あぁ、良いやつだよ」
そう言いながら、笑助さんは苦笑いを浮かべた。
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