変貌と哀惜

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変貌と哀惜

買い出しを終え、僕らはアパートに戻り荷造りを始める。 「ブラザー、俺様は大人のDVD返してくる。延滞料金だけは払いたく無いからな」 「はい。いってらっしゃい」 兼吉君と一緒に住んでるのに、そんなの見る時間があるのだろうか? そんな事を思いながら、僕は旅支度を続ける。 ガチャッ・・・と、ドアノブが回る音がした。 笑助さん、忘れ物でもしたのかな? そう思いながら振り向くと、そこにはうつ向いている兼吉君の姿があった。 てっきり、例の風俗嬢と朝まで楽しむと思っていたけどお早いお帰りだな。 「お帰り、兼吉君。早かった・・・ね?」 兼吉君に声をかけると同時に戦慄が走る。 どこか呆気(あどけ)ない少年のような、見ているだけで安心する兼吉君の顔が、醜く歪んで額に角を生やした鬼と化していた。 「か、兼吉・・・君」 「お前ぇぇぇ!!アニキを俺から奪うつもりなんだってなぁぁぁ!!許さねぇ、ブッ殺してやる!!」 ヨダレを撒き散らしながら飛びかかってきた兼吉君の腕を掴むも、呆気なく押し倒されてしまった! 完全に正気を失ってる!それに、何て馬鹿力だ!?しかも、爪が獣みたいになっているし、口からは鋭い牙が生えている! あの爪で首を掻き切られたら! あの鋭い牙で噛みつかれたら! 僕は・・・間違いなく殺されてしまう! もはや何を言っているのかも分からない、喚き散らす兼吉君の腕を掴みながら思った。 このまま、黒江さんに貰った命も大切な人を救う好機も失うなんて嫌だ! 叫びながら、僕は鬼と化した兼吉君を蹴り飛ばした。 兼吉君は壁に背中を打ち、口から血を吐き出す。 僕の加護は脚力強化・・・不味い、今の攻撃は明らかに兼吉君に深傷を負わせてしまった! 「お前にぃぃぃ!アニキはぁ!渡さねぇ!」 立ち上がり、兼吉君が再び襲いかかってくる! 「止めてくれ、兼吉君!僕は君を傷つけたく無い!」 蹴りは不味い、きっと次は殺してしまう! そうだ、さっき護身用に買ってきた木刀でなら気絶させられるかも知れない。 気絶させて、黒江さんに治して貰えば兼吉君を助けられる! そう思いながら、僕は手にした木刀で兼吉君の頭部に一撃を見舞う。 頼む、これで倒れてくれ! しかし、無情にも僕の攻撃は額の角に当たってしまった。 仕損じた僕の喉元を兼吉君の爪がかすめ、血が飛び散る。 優しすぎるくらい、優しい人だと黒江さんに言われた事を思い出しながら僕は喉を押さえながら兼吉君を全力で蹴りつけた。 兼吉君の身体はドアを突き破り、外まで吹っ飛び柵ごと下へと落下した。 この部屋は二階だし、そんなに高くない。 鬼にされた兼吉君が、そう簡単に死んだりしない。 そう、自分に言い聞かせながら僕は壊した柵から下を覗き込む。 そこには、鬼になった兼吉君が倒れていた。 腹から臓物をばら蒔いて。 なんで、蹴りで腹が裂けるんだよ・・・なんで、こんな事になっちまったんだよ・・・なんで・・・なんで・・・ 泣きながら、頭の中で「なんで」を繰り返し僕は変わり果てた兼吉君の元に歩み寄る。 「カネ・・・なのか?」 そこへ、笑助さんが帰ってきた。 笑助さんは手にしていたレンタルショップの袋を落とし、茫然としていた。 喉を切られたせいで上手く喋れなかったが、泣いている僕を見て笑助さんは全てを悟った様子で兼吉君の遺体を抱きあげる。 「騒ぎになる。裏にある車に乗れ」 笑助さんと僕は兼吉君の遺体を山へと運び、埋めた。 いつの間にか、喉の傷が治っている・・・これも加護のおかげなのか? 僕らは兼吉君の遺体を埋め終わるまで、ほとんど会話をしなかった。 笑助さんは黒蛇草の煙草を僕に差し出す。 僕はそれを受け取り、口に咥えた。 笑助さんも煙草を咥え、火をつける。 僕らは煙草の煙を吐き出しながら、泣いた。 「ブラザー、ありがとうな。普通の人間が、あぁなったらもう元には戻れ無い」 「ありがとう・・・じゃないですよ。こんなの、酷すぎる。短い付き合いだったけど、兼吉君とはこれならもっと仲良くなれたはずなんです」 「そうだな。カネは・・・良いやつだったからな」 昨日も聞いたような言葉が過去形になっているのが辛すぎた。 アパートには戻らず、僕らは車で夜を明かして殆ど手ぶらで向かう。 早朝、到着した船着場は霧がかっていた。 クルーザーが停泊してる・・・これに乗るのか? デカイいし高級そうだ・・・三階建てクルーザーなんて実物は初めて見た。 そう思いながら近づいて行くと、そこには黒江さんと共に三人の男女が待っていた。 「三分、遅刻だ。笑助」 眼鏡をかけた七三分けの白衣を着た男が、眼鏡のズレをゴム手袋をつけた指で直しながら言った。 「許容範囲だろ、兄様」 「あら、口答えするなんて~笑助ったら随分とお機嫌斜めじゃな~い」 ニヤニヤしながら、金髪ツインテールのゴスロリ女が笑助さんに声をかけたが笑助さんは何も言わず彼女を睨みつける。 仲悪そうだな。 「険悪な雰囲気は勘弁してくれないか?これから共に鬼退治をする仲間なのだから」 スーツを着たポニーテールの女性が溜め息混じりに言った。 「とりあえず、私の高級クルーザーに乗って下さい。話は私の高級クルーザーに乗ってからしましょう」 私の高級クルーザーを随分と強調するな、この眼鏡。 昨日、あんな事があったから気分は暗いままだ。 「修さん、顔色が悪いですが・・・大丈夫ですか?」 「黒江さん、実は色々あって・・・後で話します」 そんなやり取りをしている僕らを見て、何やら笑助さん達が驚いている。 「どうしたんですか?笑助さん、顔がハニワみたいになってますよ?」 「いや、ブラザーが黒江様とあまりにも親しげに話してるからビックリしたわ」 そうか、笑助さん達は黒江さんに使えているから一線を画しているんだ。 僕も黒江さん、じゃなくて黒江様と呼んだ方が良いのかも知れない。 そう思いながら、僕は重い足取りでクルーザーに乗った。
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