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憎悪と親友
乗り込んで間も無く、クルーザーが動き出した。
中は豪華なホテルの一室みたいだな・・・流石、高級クルーザー。
でも、船酔いしないか心配だな。
そんな事を考えながらソファーに座って辺りを見渡すと、笑助さんの姿が見当たらない。
「笑助さんは?」
「笑助なら、操縦室に居ますよ。何か用事が?」
「いえ、ただ・・・少し心配で。実は、笑助さんの舎弟の兼吉君が鬼にされてしまい・・・やむを得ず・・・僕が・・・」
うつ向く僕の手に黒江さんが優しく手を添えた。
「笑助は幾度と修羅場をくぐり抜けてきた猛者ですから、心配無いでしょう。それより、私は・・・修さんが心配です」
「だ、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
黒江さんの手は、今日もひんやりしている。
これ、困ったな・・・払い除けるのは失礼だし、とは言え初対面の人が三人もいる中で手を重ね合わせてるのは不味くないか?
しかも、黒江さんに使えてる人達から見て新参の僕が親しくしているのは面白く無いのでは?
恐る恐る顔をあげると、三人とも僕と黒江さんを無表情で見つめていた。
読み取れない表情って、逆に怖いな。
黒江さんから手を離して立ち上がり、自己紹介をする事にした。
「僕は赤井 修と言います。実は、火事で大火傷をしたところを黒江さ・・・まに助けていただきました。ちなみに、その時のショックからか記憶の一部が抜け落ちてます。今回、皆さんに同行する目的は妻子と友人の救出と黒江様への恩返しです」
急に自己紹介したのに驚いたのか、皆キョトンとした顔をしている。
すると、スーツを着たポニーテールの女性がソファーから立ち上がった。
「私は香住。刑事だ。宜しく、赤井君」
女刑事・・・確かに、そんな雰囲気はある。
背は僕より高いな。
170はあるかな?クールな一重まぶた、整った顔立ち、細身の身体・・・見た目は20代後半くらい。
黒江さんより香住さんの方が蛇っぽい印象だ。
次に眼鏡をかけた白衣の男が立ち上がる。
「私は杭杉。開業医をしています」
香住さんは名前だけだったが、彼は名字だけか・・・縁の無い眼鏡に、二重の切れ長な目、背は笑助さんよりは低いが175くらいはありそうだ。
見た目は30代前半・・・僕や笑助さんと同じような感じがする。
身体つきは華奢だが、妙に自信に満ちた態度は腕に覚えがある現れだろうか?
「あたしは藍華、泡姫やってま~す」
笑助さんと仲が悪そうな金髪ツインテールのゴスロリ女、藍華はソファーで脚を組んだまま自己紹介を済ませた。
見た目年齢と背は黒江さんと同じくらいだが・・・胸は黒江さんの方がデカい。
猫のような目をしており、見た目は可愛らしいが、何となく人を小馬鹿にしたような態度が鼻につく。
「香住さん、杭杉さん、藍華さん、あらためて宜しくお願いします」
「宜しく、赤井君」
香住さんだけ、僕に握手を求めた。
苦笑いで握手を交わすと、杭杉が「私は潔癖症でね。ほら、今もゴム手袋をしているほど潔癖症でね」と潔癖症である事をアピールしてくる。
正直、ウザイな。
「じゃあ、僕は笑助さんに用があるので操縦室に行ってきます」
黒江さんと香住さんは好感が持てるが、杭杉と藍華は別だ。
居心地の悪さから、僕は逃げるように操縦室へと入った。
「よう、ブラザー。自己紹介、バッチリだったな」
「聞こえてましたか?」
「あぁ、ブラザーの声だけデカかったからな」
少し間を空け、僕は笑助さんに頭を下げた。
「兼吉君の事、すいませんでした」
「俺様は、ありがとうって言っただろ?」
「もっと上手いやり方があったんじゃないかって・・・だから」
「泣いても悔やんでも、カネはもういない。帰って来ない。それが現実だ。もう、割り切れ」
「今は切り替えます。でも、無事に帰ったら・・・ちゃんとした墓を建てましょう」
僕の言葉を聞いた笑助さんは暫く何も言わずに操縦室から見える海を眺めていた。
「・・・そうだな」
「はい。そうしましょう」
僕は笑助さんと話した後、デッキに出て遠ざかる町を眺めた。
あの町に病院で襲ってきた女の人を鬼婆にし、兼吉君を鬼にした奴が潜んでいるのか・・・もしかしたら、清太もソイツに鬼にされてしまっているかも知れない。
「修さん」
そう考えている最中、黒江さんがデッキに姿を見せた。
「黒江さ・・・ま」
「様は嫌です」
様は気に入らないらしく、黒江さんは膨れっ面をしている。
「じゃあ、黒江さん。ちょうど、会いたいと思ってました」
「本当に修さんって口がお上手ですよね・・・実は私も」
「聞きたい事があって」
「・・・何ですか?」
「町で人を鬼にしている奴も、白波を倒せば力を失いますか?」
「はい。恐らく、人を鬼にする加護を持った者の仕業ですから白波を討ち取れば力は消えて普通の人間に戻ります」
黒江さんの言葉を聞き、僕は少しだけ安心した。
町から僕が消えれば、無闇に人を鬼にしないだろう。
しかし、妙な気がする。
確かに僕は希と叶が居なくなったら必死に探すだろうが、そこまでして殺す必要がある程の邪魔な存在だろうか?
「どうしたんですか、神妙な顔をして」
「いや、何で白波の手下は執拗に僕を狙ってくるのかなと・・・正直、脅威でも何でも無いですよ」
「・・・恐らく、私が加護を与えた事を察知したからかと。でも、言われて見れば若い芽を摘むにしても必死すぎますね」
唸りながら腕組をして僕らは頭を悩ませる。
「話は聞かせてもらったよ」
そう言いながらデッキに上がって来た香住さんの髪が潮風でなびく。
「私達は前もって赤井君の事は黒江様から伺っていた。だから、立場を利用して私なりに調べさせて貰った。結論から言って、君は人を鬼にする加護を持った人物・・・恐らく、釈 清太に強い憎悪を抱かれている。だから、執拗に狙われた」
清太が人を鬼にしている奴で、僕を狙っている?
僕らは親友だぞ・・・そんな馬鹿な事があってたまるか!
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