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「そういえば、海玻璃の栞を失くしてしまったんだ。どこにいったか知らない?」
「さぁ。見てないや」
「昨夜気づいたんだ。引っ越しは明日だというのにまったくツイてない。お気に入りだったんだけどな」
その栞はクロエも見たことがある。不銹鋼製の金具に浅葱色の海玻璃がついた栞だ。木蓮がこっちに越してきたときから持っていたものである。クロエもその栞が好きだった。
「まぁいいや。また新しいものを見つけよう。それよりクロエ、一緒に季節の境目を探しに行かないかい?」
お気に入りのものに、まぁいいやと言えるのは木蓮の長所であり短所であるとクロエは思っている。木蓮は失くした栞と同じように、遠くでもクロエの代わりを見つけるのだろう。
「いいよ。夜になったら学校の裏門に集合でどうだろう」
「いいね。夜の学校って面白そうだ。あの校舎にもお別れしないと」
木蓮は氷菓を大きく掬って頬張った。半球が抉れた氷菓が透明な曹達水を象牙色に染める。
その帰り道、クロエは凌霄花の押し花の栞を作ろうと思った。通学路の途中に外塀を覆う凌霄花の花暖簾がある。その花弁で栞を作りながら夜を待とう。そうして夜は深くなった。
烏瓜が咲く月夜だった。クロエは夜の学校に向かった。凌霄花の花暖簾を揺らす夜風は金木犀の香りでクロエを抱き、月影と踊っている。クロエは洋袴の衣嚢に栞があることを何度も確認した。正門の前では銀木犀に顔を近づける木蓮がいた。
「おーい木蓮」
「やぁクロエ。見て、銀木犀が咲いているよ。秋はこんなところから始まるのかな」
クロエは銀木犀に顔を近づけた。香りはわからなかった。金木犀の香りを知ってしまったからかもしれない。
「まずはどこに行くんだい?」
クロエが問うと木蓮は最初から決めていたように言った。
「屋上で星と月を見よう」
金属たちの擦れる音を鈍く響かせながら二人は夜の学校に忍び込んだ。
「こんなに簡単に入れていいのだろうか。木蓮が裏門の鍵を開けたのかい?」
「僕が来たときから開いていたよ。先生が閉め忘れたんだろう」
校舎へずんずん進んでいく木蓮の背中をクロエはびくびくしながら着いていった。もし今夜のことが先生に知られても怒られるのはクロエだけだ。その横に木蓮はいない。クロエは一人で怒られることより、嫌なことを誰かと分かち合うことができないことが怖かった。改めて、木蓮はいなくなるのだと強く思った。夜合樹の花が月光を浴びて淡く輝いている。
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