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階段が途切れた先の扉の真鍮の把手を回すと屋上にでられる。屋上は月光の洪水の見舞わられ、二人は服を薄檸檬色に濡らした。
「見てくれよクロエ。影がこんなにくっきりとしているよ」
木蓮は興奮気味に自分の月影と踊った。
月光に浸かった星空は水陽炎のように震え、夜風に銀箔が揺れているような印象でもある。クロエはアンドロメダの雲を探した。
「天馬の四角形はあんなに大きいのだね。カシオペアもある」
「そうだね。やはり、秋星は見えないか」
「もっと南に行かないと。引っ越し先では見えるかな」
「南に行くのかい?」
「そうかもしれない」
木蓮は曖昧に返事をした。クロエはこれを無関心と名づけた。
たまに木蓮は自分のことさえも無興味で、無関心で、無頓着になれるところがある。それは木蓮が流離人であるからだとクロエは思っている。一つの土地に長く留まることがないために執着や関心というものがないのだろう。勿論、木蓮が天体図館をたいへん気に入っていることは知っている。しかしそれは、旅行先で見つけたお気に入りの喫茶というだけで、特別にはなり得ない。
夏が終われば、木蓮とは友達ではなくなってしまう。あのくりぃむ曹達を一緒に飲むこともなくなってしまう。クロエは凌霄花の栞をいつ渡そうか考え倦ねていた。
「クロエ、目を閉じて耳を澄ましてご覧」
クロエは木蓮と同じようにすると、木蓮が囁いた。
「鈴虫が鳴いているね」
「蟋蟀も聞こえる。夜はもう秋なのだね」
「昼が夏で夜が秋なら、境目は薄明にあるのかも。次は裏庭に行こう。秋の花が咲いているかもしれない」
「でも僕はまだアンドロメダの雲を見つけてない」
「それもそうだね。じゃあ、僕は柘榴星で目を洗っていよう」
二人は寝転んで星空を見た。極彩色を纏った星々が月光に満たされた夜空を泳ぐように巡っている。アンドロメダの雲を探して薄檸檬色の金木犀の夜風を吸い込んだ。
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