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僕はなんて馬鹿なのだろう。
クロエは自分を殴ってやりたくなった。木蓮はまったく無興味でも、無関心でも、無頓着でもなかった。木蓮は傷つきたくないばかりにどんなことにも興味を抱かないようにしているとばかり思っていた。愛着を持ってしまえばお別れが辛くなるから。けれど、木蓮は小心者のクロエとは違うのだ。まったく違うのだ。
クロエは桔梗を受け取り、木蓮の名前を呼んだ。夜の向こう側から金霞が溢れる。
「桔梗だけじゃなくて金木犀もいれようよ。竜胆も夜合樹も秋桜もいれよう。秋の押し花の栞を作ろう」
「それはいいね。色彩的な栞になる」
「だろう。僕は金木犀を摘んでくるよ」
この夜を花束にできたらどんなにいいだろう。花も星も風も二人で分かち合ったすべてを薄檸檬色のりぼんで結んであげられたらいいのに。
クロエは金木犀の木へと駆けていった。やはり凌霄花は木蓮には不似合いだ。夜風ではなくなった爽籟が再び金木犀の香りをまとってクロエを抱いた。オライオンも天狼星も暁光に焼かれ、月のない空には虹色の女神の帯が秋を隠そうとしている。
季節はすれ違っている。季節の境目がたしかにここにあった。
「クロエ。一緒に押し花にする秋桜を選ぼうよ」
花壇を埋め尽くす秋桜の絨毯がそよりと揺れている。木蓮がここにいたことを忘れないようにしよう。クロエは桔梗と摘んだ金木犀を半分、衣嚢に入れた。
その日の昼下がり、木蓮は遠くへ行ってしまった。クロエはアンドロメダの雲を見つけられなかったことを思い出した。
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