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第24話 ラッキースケベは禁止とさせて頂きます
お風呂セットを手に、未希と一緒にロッジの廊下を進む。
はぁ、さっきはさんざんな目に合った。
手取り足取り腰まで取られて、山田がちっとも離れようとしないんだもの。おかげで転ばず滑れるようになったけど。
「ねぇ、ジュリエッタ。念のために聞いておくけれど、ラウンジやゲレンデであったことって……」
「すべてハナコ様のお察しの通りですわ」
未希にいい笑顔を返されて、こっちは顔が引きつっちゃったよ。
攻略対象たちに囲まれたり、山田にスキーを教えてもらったり。これって全部ヒロインがこなすイベントだったみたい。
なのに肝心のユイナときたら、最後まで姿を現さず仕舞いでさ。
「あの子、何を考えているの……?」
「確かに不自然ですわね。自分からルートを選んでおいて」
「詳しい内容を覚えていない、なんて可能性はないかしら」
「どうでしょう。彼女の性格を思うと……」
「そうね。その線は薄いわよね」
前世でもユイナって金と権力には目がなかったからな。
用意周到で、狙った獲物を手に入れるためなら手段を選ばないって感じだったし。ゲームとは言え、王子ルートとかいちばんにやり込んでそう。
「もしかしてメインイベントに賭けているのかしら……」
これから雪山遭難イベントが待っている。寒さで体力必要そうだし、万全の体制で臨むつもりなのかも。
「それはそうとハナコ様。例の件はきちんと済まされましたか?」
「ええ、もちろん。そこのところは抜かりなくってよ」
ここに来る前に、差出人不明の手紙をユイナの部屋の扉に差し込んできた。これこそが今回のイベントでわたしが担う重要な役割だ。
『ふたりで会いたい。裏山の小屋で待つ』
手紙に書かれたのはそんなメッセージ。王子の筆跡をマネてヒロインをおびき出す陰謀なんだけど。
もちろんそこに王子はいなくて、邪魔なヒロインを排除しようとする悪役令嬢ハナコの目論見ってわけ。
結局は王子がヒロインを探しに行って、そのまま遭難イベントが発生。ふたりきりで夜を過ごしたユイナと山田は、ますます距離が近づくというウフフな寸法だ。
「よかったですわ。ハナコ様のことですから、また一波乱あるんじゃないかと心配しておりましたの」
「ほほほ、この程度のお使い、わたくしでも楽勝よ」
未希の手前どや顔でうなずき返したものの、実は内心冷や汗ものだったりして。
本当のこと言うとうっかりしてて、ユイナに渡す手紙を用意し忘れるところだったんだよね。
この世界には要人の筆跡をそっくりマネて、偽造文書を請け負うアコギな商売があるんだけど。そこに山田の手紙を頼むの、すっかり忘れてたんだ。
で、気づいたのが昨日の深夜。思い出したからまだよかったものの、今さら頼んでも間に合いっこないし。
仕方ないから山田の字を上からトレースして、徹夜して自分で書いたんだけど。
出来栄えは上々。ぱっと見、本人の字にしか見えない仕上がりに。
念のため手紙には時間が経つと文字が消える紙を使ってる。証拠は残らないし、あとから別人が書いたってバレることもないってわけ。
山田からもらった手紙とか花束に付いてたメッセージカードとか。捨てないでとっておいて本当にヨカッタよ。
こんなこと未希にバレたら何言われるか分からないし、とりあえず結果オーライな感じでこのまま一生黙っとこ。
さぁて、これから温泉につかりに行くんだ。
ルンルンで大浴場への案内板をたどってく。
この世界、学園も街並みも西洋風なのに、細かいとこはザ・日本って感じなんだよね。手にしたお風呂セットからしても、修学旅行に来た感ハンパない。
湯殿入り口の暖簾が揺れて、湯上りっぽい女生徒がひとり出てきた。
と思ったら、ここにきてユイナの登場ですか。
「げ、ハナコ様と取り巻きの……」
げ、じゃないわい。ソレはこっちが言いたいセリフだし。
っていうかユイナ、わたしが山田にまとわりつかれてる間、のんきに風呂なんか入ってたんか。
「あら、あなた。先ほどはゲレンデに顔も見せずに、どこで油を売っていたのかしら?」
副会長のダンジュウロウが決めたスケジュールだよ? 生徒会のメンバーとして、時間守るのがスジってもんでしょうが。
「ユイナ、転移門酔いしちゃって。それでちょっと休んでただけです」
転移門はこの世界の移動手段。離れた場所に行きたいときによく使われてる。
要所要所に置かれた門から門へ移動できちゃう優れもの。大人数でもオッケーな上、時間もほとんどかからないんだ。
ただ空間を捻じ曲げて飛ぶらしくてさ。人によっては乗り物酔いするのが玉にキズって感じ。
「もうすこし休みたいんで、わたし先に失礼します」
「まぁ、それは大変。早く良くなるといいわね」
ねぎらいの言葉をかけたのに、胡散臭そうに見るなっつーの。
このあと大イベントを控えてるんだから、ユイナにはゆっくり休んでもらわないと。
それにユイナが戻る部屋には、仕込みの手紙が待っている。さっさと読んで、一刻も早く山田とキャッキャウフフな仲になってくれ。
「……これでお膳立ては完璧ね」
「ええ、そうですわねハナコ様」
あとはゲーム進行に任せるだけだ。ユイナの背を見送って、今度こそ大浴場に足を踏み入れた。
脱衣所で服を脱ごうとしたら、なぜか未希がそれを止めてくる。
「少々確認してまいりますから、ハナコ様は今しばらくお待ちください」
服を着たままの状態で、未希はひとり浴室に入っていった。かと思ったら、すぐこっちに戻ってきたし。
「何? どうしたの、ジュリエッタ」
「まったく……思った通りでしたわ」
なんだか未希、少し不機嫌?
声をひそませて耳打ちしてくるもんだから、何事かとこっちも耳を傾けた。
「浴場でもイベントがありますのよ」
「イベントが……?」
お風呂でドッキリと言えば、ハダカでバッタリ出くわしちゃう的な?
「でもここは男湯と女湯、きちんと分かれているでしょう?」
「岩を隔てた向こうが男湯なんですわ」
ああ、なるほど。よじ登って上からのぞき見されるってパターンってわけか。
「ユイナ様はまだそれをこなしていないようですから……」
ってことは?
そ、そのイベント、わたしに降りかかる恐れありっ!?
うぬぅ、ユイナのヤツ、それを見越して先に風呂を済ませたんだな。
「ですが安心してください。もう対策はしてきましたから」
「さすがジュリエッタ。頼りになるわね」
「ふふふ、ラッキースケベなんて企もうものなら、この世の地獄を味合わせて差し上げますわ」
うをっ、未希の目がサイコパスってる。自分も巻き込まれそうだからって、こりゃ相当頭に血のぼってんな。
っていうか、わたしがピンチのときもいつもそんくらい真剣でいてっ。
恐る恐る入ったけど、普通に露天風呂してて気持ちいい。乳白色の湯は美肌に効くって有名らしい。
肩までつかると疲れが一気に取れてくって感じ。こういうとき日本人に生まれてよかったって思うよね。あ、ここはヤーマダ王国だったっけか。
「ハナコ様、ほかに誰もいなくってふたり占めですわね!」
「え、ええ、そうね、ジュリエッタ」
何、未希棒読みで大声出してんの? ちょっと戸惑い気味に未希の顔を見る。
だってさっき言われたんだ。ここの声、となりの男湯にも響くから気をつけろって。
「まぁ、ハナコ様! なんてモッチモチの白いお肌なんでしょう! すべっすべで女のわたくしでも思わず触りたくなってしまいますわ!」
そう言ってる間、未希はわたしのことなんか見ちゃいない。しかも男湯に向けて聞こえよがしに叫んでるし。
とりあえず黙って見守っとこう。まだ未希が激オコなのは、ヒシヒシと伝わってくるし。触らぬ神にタタリなしだ。
「あ、ハナコ様、防御壁を張っているので、あまりわたくしから離れないでくださいね?」
「え?」
聞き返した瞬間、男湯からズゴンっと雷鳴がとどろいた。続いて野郎どもの野太い悲鳴が木霊する。
ひぇっ、ちょっと今ビリっときたんですけどっ。
「ほら、だから離れないでと申し上げましたでしょう?」
そういうことはもう少し早く言ってっ。
「こんなこともあろうかと少々魔法を仕込んでおきましたの」
ちっとも少々って威力じゃなさそうだったけど。
「ふふふ……わたくし火の扱いは不得手でも、雷撃系は大の得意ですのよ。フラチな殿方には丁度いいお仕置きですわ」
不敵な笑みを漏らす未希の目が、もうヤヴァイことになってるし。
絶対に未希ってば、押しちゃいけないボタンを満面の笑みで押せるタイプだわ。
「ついででしたので、回復魔法でさらに傷口が悪化する呪いを追加しておきましたから。それに気づくまで、しばらく激痛にノタウチ回ればいいんですわ」
(やっぱり未希だけは敵に回したらあかんっ)
一生ついていきますぜ、姐御!
ってなことを、改めて心に誓った華子なのデシタ。
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