第26話 つり橋効果は恋の呪文

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第26話 つり橋効果は恋の呪文

 かじかむ手はとっくに感覚がなくなった。  耳も鼻も頬もどこもかしこも痛くて、なんなら息吸っても痛いくらい。 (なんだか眠くなってきたし……)  このままホントに死んじゃうのかな。  ここにきてツケが回ってきたんだろうか。ゲームのシナリオ、無理に捻じ曲げようなんてしてきたから。  人生ってなんなん?  理不尽なことばっかでさ。  これじゃ生まれ変わった意味ないじゃん。悪役令嬢に生まれた時点で、負け組確定してたってわけ?  ああ、頭ぼんやりしてきたよ。なんかお花畑が見えてきそう。  くやしいな。前世で長生きできなかった分、今度こそ面白おかしく生きてきたかったのに。 (あ、あそこ、かまくらっぽいクボミがある)  人ひとりくらい入れそうだ。アレって確か、中があったかいんだよね?  「やっぱりちょっとあったかいかも……」  風が当たらないだけでこんなに違うんだ。  しゃがみ込んで小さく身を丸めた。薄暗い中、吹雪の吹き荒れる音だけが聞こえてくる。  みんながくれた魔石カイロ、あってよかった。一晩は魔力の効果が続くから、凍え死ぬことは避けられそう。 (でももし、朝になっても誰も助けに来なかったら?)  魔石を握りしめて、抱えた膝に顔をうずめた。考えがどんどん悪い方にいっちゃってる。自分で思ってる以上に、わたし心細いんだ。  本当なら今ごろ食事中だったんだろうな。ロッジで食べる山ご飯、ちょっとたのしみにしてたのに。  寒さと空腹で涙出そう。餓死と凍死、どっちが早いかな。ギロチン台に昇るよりかは、まだマシな死に方かな。  眠ったらアウトだって分かってはいるんだけど。  心地よいまどろみがやってきて、重いまぶたをゆっくり閉じた。 「……ナコ……ハナコ……」  だぁれ、わたしを呼ぶのは?  今すっごく眠いの。だからまだ起こさないでいて。  あったかい手にぺちぺちと頬を叩かれて、くっつきそうなまぶたを何とか開いた。  ここは間違いなく天国じゃないみたい。  だって、目の前に瓶底眼鏡の山田がいるんだもの。 「ハナコ、しっかりするんだ」 「……シュン様」 「ああよかった、ハナコ……!」  強く抱きしめられて、ちょっとだけ意識がはっきりしてきた。 「一度ロッジに戻ってみたんだが。わたしを探してハナコがこの吹雪の中を飛び出したと聞いて……本当に生きた心地がしなかった」 「申し訳ございません……わたくしおとなしくロッジで待っていればよかったですわね……」  そもそもわたしが山田を手紙で呼び出したんだっけか。  謝るのはそっちだったかなって思ったけど、なんだかまだ頭が働かないや。 「いや、いい……とにかくハナコが無事でよかった」  山田の声、ちょっと震えてる。抱きしめる手もなんだか震えてて、わたしのこと本気で心配してくれてたんだな。  それにしても、山田あったかい。ひとの熱って、こんなに心地いいもんだったんだ。  こっちも抱きしめ返したら、山田の背中、なんだかすごく雪まみれで。  そっか、この穴ちっさいから、山田まで入りきらないんだね。どんなにがんばってもふたりで入るのは無理そうだ。 「あの、シュン様は転移魔法をお使いになれますか?」 「すまない……わたし自身は使えても、ハナコを連れて飛ぶことはできない。強すぎるわたしの魔力では、ハナコを安全に運んでやることができないんだ」 「でしたらケンタを……弟をここに連れてきていただけますか?」  転移魔法が得意な健太なら、わたしを運ぶのも簡単なはず。 「残念だがそれも無理だ。転移魔法は行ったことのある場所にしか使えない」 「ケンタがここに来るのは無理と言うことですのね……でしたら、シュン様だけでもお戻りになってください」  話してる間にも、山田の背中にどんどん雪が積もってく。このままじゃ助けに来た山田の方がどうにかなっちゃいそう。 「ハナコひとりを置いていくなど……」 「わたくしなら大丈夫ですわ。ここにいれば一晩くらい寒さをしのげそうですし、吹雪がおちついてからまた迎えに来ていただければ」 「こんな目印もない場所では、転移魔法を使ってもわたしも戻って来られるかどうか分からない。心配するな、わたしはずっとハナコのそばにいる」  ふわっと温かい風に包まれて、山田が乾燥魔法を使ったのが分かった。普段ならお風呂上りにするやつだ。  雪で濡れていた髪も服も一気に乾いて、よりいっそう寒さが和らいだ。 「暗くて不安かもしれないが。少しの間だ、耐えてくれ」  言いながら山田が背を向けた。よかった、山田の背中もすっかり乾いてる。  入り口を塞いでくれてるおかげか、暗くても中はとっても快適だ。  でもそれって、山田が体張って吹雪をブロックしてるってことだよね? 「シュン様、ここにいてくださってとても心強いです……ですからせめてわたくしと場所を変わっていただけませんか?」 「駄目だ、ハナコに寒い思いをさせるわけにはいかない」  山田の背を押すけどびくともしない。これは言っても聞きそうにないな。 「でしたらわたくしの魔石カイロをお渡ししますわ」 「いや、そのままハナコが持っているといい。魔石が冷めてもわたしの魔力では再び温めてやることはできないからな」 「それとこれとは話が別でございましょう? このままではシュン様が凍えてしまいますわ」 「大丈夫だ。いざとなればわたしはこうして火を起こせる」  かざした山田の手のひらから、ボオーッと炎が噴き出した。おお、まるで火炎放射器みたい。  でもそれも一時(いっとき)のこと。吹雪に飲まれて炎はすぐに鎮火した。 「ですがそれではシュン様にご負担が……」  何もない場所に火を灯し続けるのは、魔力も食うし相当集中力が必要だ。それも吹雪に向かって一晩中となると、いくら山田でも無茶ぶりって感じだろう。 「これも自業自得だ。自分の魔力の大きさにあぐらをかいて、わたしは技を磨きあげることをしてこなかった」 「でもこの状況は元を正せばわたくしのせいですし……」  正すも何も、はじめから最後までハナコのせいでしかないんだけど。それでも背を向けたままの山田は、魔石を受け取る気ゼロみたい。 「ハナコはひとつも悪くない。案ずるな。何があろうともハナコはこのわたしが守る」  とぅんく。  って、いや待て華子。山田相手になんで胸トキメかせてるんだ? 「で、ですがシュン様はこの国の王子。替えの効くわたくしが優先されるなど、やはりあってはならないことですわ」 「ハナコ! 大切なハナコと言えど、ハナコを悪く言うことは許さない。そんなことは二度と言わないでくれ」 「シュン様……」  とぅんく、とぅんく……。  やだっ、なんなのこの胸のトキメキはっ。  だけどやけに山田の背中が大きく見えて。  自分でも不思議に思えてきた。どうしてあんなに山田を毛嫌いしてたんだろうって。 「分かったら大人しく守られてくれないか? ハナコひとり守れないのでは、王子として国民に示しがつかないからな」 「分かりました、わたくしもう何も申しません。ただ最後にひとつ、ハナコの願いを聞いていただけますか?」 「なんだ? 言ってみるといい」  山田の背中にそっと手を当てる。やっぱり広くてあったかいや。 「せめてお顔をこちらに向けていただけませんか? その、わたくしとくっつき合っていた方が、シュン様も少しは温かいかと思って……」  山田なら、よろこんで飛びついてくると思ったんだけど。  それなのに山田はぴくりとも動こうとしなくって。 「シュン様……?」 「すまない、ハナコ。それだけは絶対に駄目だ」 「どうしてですの?」  普段はうっとうしいほどグイグイ来るくせに。 「こんな誰もいない場所でもう一度ハナコを抱きしめてしまったら……これ以上自分を押さえる自信がないのだ」 「そ、そんなっ」  なんか声が上ずっちゃった。  ほっぺたも熱い気がするし、なにコレ心臓までバクバクいってるっ。 (うそ、よりにもよって山田がカッコよく見えるなんて……!)  動揺が伝わったのか、背中を向けたままの山田がフっと笑った。 「安心してくれ。このシュン・ヤーマダの名にかけて誓おう。大事なハナコを傷つけるような真似だけは絶対にしないと」 「シュン様……」  思わずポウっとなってると、薄暗い中、山田が振り返るのが分かった。 「だがハナコのその願い、いつかは必ず叶えてやろう」  ぎゃっ、キメ顔の山田、瓶底眼鏡が雪まみれな上に鼻水がツララってるしっ。 (数秒の恋が一瞬で冷めたわっ)  ふぃー、危ない危ない。生存危機にさらされたドキドキ感を、あやうく恋ゴコロと勘違いするとこだったよ。  こっちの気を知ってか知らずか、山田はまた正面向いて入り口を背中でふさいだ。  時々すきま風が吹くけれど、やっぱり中はあたたかい。 (山田って、悪いヤツではないんだよね)  ただ、どうしても好きになる対象には思えなくって。  トモダチとかだったら、ずっとたのしく付き合っていけるんだと思う。でも王子相手にそんなこともできないし。  それなのに、山田の気持ちがちょっとうれしいだとか、そんなこと思ってる自分もいたりして。 (なんかズルいな、わたし……)  罪悪感。こんなモノ、わたしが抱える必要なんてある?  不条理で、意味もなくモヤモヤしたままだったけど。  それはそれとして、さ。山田のお陰でこうして安心できてるワケだし? ちょっとくらい、恩返ししなきゃってことで。 「シュン様……でしたらせめて、後ろから温めることだけでもお許しください」  間に魔石カイロを敷き詰めて、わたしは山田の背中に抱きついた。  一瞬びくっとなった山田だったけど、そのままわたしの好きにさせてくれている。 「ありがとう。ハナコはやさしくて温かいな……」  ごめんね、山田。  やっぱりわたし悪役令嬢みたい。  そんなこと思いながら瞳を閉じて。  次に気づいたときにはもう、自分の部屋のベッドの上だった。
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