第30話 家に帰るまでが遠足です

1/1
145人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ

第30話 家に帰るまでが遠足です

 お城を出てようやく一息ついた。  とはいってもまだ完全には気は抜けない。  なんたって今は王家の馬車の中だし。王族だけが使う馬車で送迎してもらえるのも、公爵令嬢だからこその待遇ってわけ。 (家に着くまでが遠足ってことで……)  淑女らしく姿勢を正す。おとなしく流れる景色を眺めていたら。 「きゃあっ」  ななな何ごとっ。  いきなり左右に大きく揺れて、そのまま馬車が急停止した。  危うく座席から転げ落ちるとこだったじゃんっ。 「モッリ公爵令嬢様! お怪我はございませんか!?」  慌てて確認に来た御者のおじさん、めっちゃ青ざめた顔してる。王子の客人を怪我させたとあっちゃ、責任問題になりかねないもんね。  昔のハナコなら大激怒だったかもしれないけど。生まれ変わった新生ハナコとして、ここは大人の対応をしておこう。 「わたくしは問題ないわ。一体何があったと言うの?」 「申し訳ございません、何者かが突然、道の中央に転移魔法を使って現れたもので……」 「転移魔法で? まさかぶつかったの?」 「いえ、寸前でどうにか回避できました。そのせいで乱暴な止め方になったこと、深くお詫び申し上げます」 「謝罪など不要よ。むしろきちんと()けてくれたこと、礼を言うわ。シュン王子殿下にもそう伝えておくから安心なさい」  上から目線な物言いでごめんなさい。そう思ったんだけど。  御者のおじさんは感動で目が潤んでる。よっぽど処罰が怖かったんかな。  ん? なんか外で揉めてるな。  山田がつけてくれた護衛が、誰かと激しく口論してるみたい。 「ちょっと、離してよ! わたし、怪しい者じゃないったら!」 「突然飛び出してきておいて何を言う! この不審者め、王家の馬車と知っての狼藉(ろうぜき)か!」 「わたしはシュン王子と知り合いなのよ! 王子に言いつけて、あんたなんか解雇(くび)にしてやるんだからっ」  ゆ、ユイナ!? 馬車に立ちふさがったのってあんただったの?  っていうか、どうしてそんな危険なマネを。 「離してったら! いい加減にしないと痛い目見るわよっ」  護衛と押し問答していたユイナが、舌打ちしてこぶしをぎゅっと握りしめた。  かと思ったら、手のひらがバチバチ放電し始めてるし。 (あの子、何考えてるの!?)  力づくで王家の護衛を振り切ったりしたら、反逆罪に問われる可能性だってある。  まして相手を傷つけた日には、さらに罪が重くなりそうだ。 「お待ちなさい!」  気づいたら馬車を降りていた。ここはわたしが何とか収めなきゃ。  止めようとしてきた御者のおじさんに、余裕たっぷりの笑顔を向ける。大丈夫なことをアピールしたら、おじさんはあっさりと通してくれた。  優雅な足取りで歩を進めると、ユイナと護衛がつかみ合ったままわたしを見やった。 「モッリ公爵令嬢様……! 危険ですので馬車の中でお待ちください。早急に片付けますので、ここはわたしにお任せを」 「そういうわけにはいかないわ。今すぐその子をお放しなさい」 「で、ですが」 「その子はユイナ・ハセガー男爵令嬢。フランク学園の生徒よ。大丈夫、彼女の身元はこのわたくし、ハナコ・モッリが保証します」  力強く言い切ると、戸惑いながらも護衛はユイナから手を離した。  ふぃー、間一髪。  あとちょっとで大惨事になるトコだったよ。  ってか、ユイナの手のひら、まだバチバチ言ってるしっ。おまっ、臨戦態勢まだ解いてなかったんかっ。 「あなたもよ。今すぐその力をお静めなさい」  ぴしりと言うと、不満げにユイナは手中の魔力を消し去った。 「……なによ、エラそうに」  聞こえよがしに言うなっつうの。  でもユイナと同じ土俵には絶対に乗ってやるもんか。  揚げ足取られたりして、断罪コースにひっくり返されたら(かな)わないしね。 「あっ……!」  突然ユイナがふらりと倒れ込んだ。  慌てて支えると、ユイナってばあちこち怪我してるんですけど。 「あなた、この傷はどうしたの?」 「ハナコ様には関係ないです」  馬車とはぶつかってないって話だから、ここに来る前にはもう怪我してたってこと?  よく見ると顔色もあまり良くなさそうだし。  誰かとやりあって、逃げるために転移魔法で飛び出したとか? 「とにかく手当を。ここに治癒魔法を使える者はいて?」 「自分で治せるから大丈夫です。ハナコ様と違ってわたし優秀なんで」  憎まれ口はいつも通りなんだけど。  治癒魔法を発動させると、ユイナはその場にへたり込んだ。  ちゃんと傷は治ったみたい。でも肩で息しててめちゃくちゃしんどそうだ。 「その症状は……あなた、魔力切れね?」  わたしにも覚えがある。魔力でティッシュを立て続けに数枚引き寄せたとき、今のユイナと同じような状態になったから。  ってか、自分の魔力のへなちょこ加減に、言ってて悲しくなってきたっ。 「しばらく休めば回復しますから。わたしのことは放っておいてください」 「そういうわけには……。いいわ、一度モッリ家に連れて行きます。あなたも馬車に乗りなさい」 「しかし公爵令嬢様、王家の馬車に予定外の者を乗せるなど……」 「何? わたくしの言うことがきけないの?」  ユイナを放置して、このあと何かあったら後味悪すぎだし。止めてくる護衛に毅然(きぜん)とした態度を貫いた。 「責任はすべてわたくしが取ります。あなたたちは何も心配することはないから安心なさい」  押し切って、ユイナを馬車に乗り込ませた。  走り出した馬車の中、誰も頼んでないとか余計なお世話だとか、ユイナが何やらぶつぶつ言ってるし。 「言いたいことがあるなら、はっきり言えばよろしいのよ?」 「……そのエラそうな態度、ハナコになってもほんとムカつく」  小さな声でぼそっともらすと、ユイナは気だるそうにそっぽを向いた。  ハナコのことをゲームキャラって思いつつも、森華子を重ねて見てるっぽいな。  ユイナの中の人、やっぱ長谷川ゆいななんだな。そんなこと改めて思ってみたり。  長谷川ってやたらと華子(わたし)を敵対視してたからね。  モッリ家の屋敷に着くと、健太がいちばんに出迎えてくれた。  お城に行くってんで、ずっと心配して待っててくれたみたい。 「ハナコ姉上、遅かったね。……って、ユイナ?」 「帰り道で具合悪そうにしているところを見かけたのよ。魔力切れをしているみたいだから、しばらく屋敷で休ませようと思って」  そりゃいきなりユイナ連れて帰ったら、さすがの健太も驚くわよね。  見捨てられなかったとはいえ、あとで未希にも報告しなきゃなんないし。それを考えると今から気が重いんですけど。 「魔力切れなら俺が預かるよ。俺なら転移魔法でユイナを家まで送ってやれるし」 「あら、そう? そうしてもらえるとわたくしも助かるわ」  ユイナの前では、あくまでハナコ・ケンタの姉弟を演じつつ。詳しい話はまたあとでって目くばせを送った。  うなずくケンタにユイナを託して、わたしは部屋に引っ込むことに。  このあとユイナはケンタの魔法ですぐに家に帰ったみたい。  送ったケンタの帰りが遅かったのが、ちょっと気になったんだけど。  わたしもお城帰りで疲れててすぐに眠っちゃったんだよね。  結局その日の報告会は、後日未希を交えてしようってことに。  とりあえず何事もなく終わってよかったって感じ?  ひとまず安心した華子なのデシタ。
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!