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第8話 わたくしの魔力はポンコツ
王子である山田を、前世のようにこっぴどく振ることはできない。
下手したら不敬罪に問われてデッドエンドなんてこともあり得るし。
(とにかく怒らせない程度に嫌われる努力をしよう)
今日見舞いに来る山田を思うと憂うつになるけど。
かえっていい機会に恵まれたと、ここは前向きに捉えることにした。
未希にも同席を求めたが、用事があるとかであっさり断られてしまった。
親友のピンチだよ? もうちょっとやさしくしてほすぃ。
仕方なく山田に嫌われ作戦を、一睡もせずにひとりで練った。
おかげで寝不足、目の下にクマができてるし。
ま、病人の見舞いだから、結果オーライということにしておこう。
(作戦その一、ファッションセンスが微妙!)
手始めに持ってる服の中で、いちばん野暮(やぼ)ったいものを選ぶことにする。
普段顔を合わせるときは学園の制服がデフォルトだ。クソダサい私服で出迎えれば、山田も引くこと請け合いだ。
しかしこれはメイドたちの手によってあっさり却下。
王子を迎えるべく、公爵令嬢にふさわしい装いへと即チェンジされた。ぴえん。
(作戦その二、お部屋が汚部屋!)
私室がごみ屋敷と化していれば、ドン引くこと間違いなしだ。
しかしこれも使用人たちによってあっさり阻止。
汚すそばから清掃魔法かけてくんなっ。
まぁ、そりゃそうだよね。
公爵家として王子を出迎えるんだもの。粗相があってはなりませんものね。
こうなったらハナコがいかに使えない人間かをアピールするしかない。
山田だって腐っても王子。
結婚相手にふさわしくない者を選ぶことはしないはず。
(そんなわけで作戦その三! 魔力が弱すぎ!)
山田はヤーマダ王国で最強と言われるほど、強大な魔力を持っている。そんな優秀遺伝子と掛け合わせるには、ハナコの魔力は微弱すぎだ。
王家としても山田の力を子孫に受け継がせたいと思っているに違いない。
その点ヒロイン・ユイナは秘めた魔力を見出され、平民から男爵家の養子になった設定だ。ユイナほど花嫁にふさわしい者はいないだろう。
(ていうか、そもそもヒロインと王子が結ばれるための舞台設定なのに……)
どうして自分がこんなアホな努力をしないといけないのか。
馬鹿らしくなるが、それは考えるだけ無駄なこと。
とにかく今は嫌われることに専念すべし。そしてウザい山田とは決別だ。
(公爵令嬢っていう好条件で生まれ変わったんだしね。せっかくの人生を謳歌しなきゃ)
美貌と財力を駆使して、自分好みのイケメンを侍らせるのも楽しそうだ。
キャッキャウフフな未来を想像していたら、俄然やる気が湧いてきた。
自分の幸せは、この手でつかみ取ってやる。
ノーイケメン・ノーライフ!
その合言葉を胸に、特大の花束を持ってきた山田をわたしは迎い入れた。
「ハナコ、起きていて大丈夫なのか?」
「ええ、シュン様をお迎えするのに臥せっているわけには参りませんもの」
そう思うなら見舞いなんぞに来るな。
「とっておきの紅茶を用意しましたの。さ、どうぞおかけくださいませ」
猫をかぶり一応の笑顔を向けた。さてどう話を仕向けるか。
客間で山田とテーブルを囲む。
って、なぜとなりに腰かける?
「しゅ、シュン様、お席はどうぞあちらの上座に……」
「いや、駄目だ。そんな青い顔をしているハナコをひとりでは座らせられない」
ちーかーいー! これは寝不足なだけだ。
手を取るな、肩を抱き寄せるな、そしてさりげなくにおいをかぐなっ。
「シュン様、これでは紅茶が飲めません」
「そうか……そうだな」
ちょっと落ち込んだ感じで、山田はようやく体を離した。
ほっとして紅茶を含む。山田をブロックするためにカップを手にキープした。
(ヤバい。今頃になって眠くなってきた……)
あくびが出そうで何度も紅茶に口をつけた。
空になったらカップを置かないと不自然なので、とにかくちびちびちびちび飲むことにする。
令嬢としてちょっとはしたない飲み方だ。
けど山田が幻滅すればラッキーじゃない?
「ハナコは猫舌なのだな」
ふぇっ、なに微笑ましそうに言ってんの?
むせそうになり、慌ててカップをテーブルに戻した。
「大丈夫か、ハナコ」
ちょびっと服にこぼれた紅茶を、山田が浄化の魔法で綺麗にしていく。
やっぱ魔法って便利だな。使える山田がうらやましい。
(いやいや、使えないからこそ我に勝機あり!)
本題を思い出し、遠くにあったティッシュの箱に手を向けた。
この国は乙女ゲームの世界だけあって、日本にあったアイテムがたいがい揃っている。トイレもお風呂も現代仕様だし、ないのはネットとテレビくらいかな。
で、ティッシュに意識を集中し、一枚だけ魔法の力で手元に引き寄せた。
わたしの魔力でできることと言えば、たったこれくらい。
しかもティッシュ以上に重いものは、ぴくりとも動かすことはできないポンコツぶりだ。
マジックハンド的に使えるので、便利と言えば便利なんだけど。
「シュン様……わたくし思ったのですけれど……」
ティッシュで口元を押さえながら、できるだけ弱々しく言葉を続ける。
早くしないと、いつかあくびが出てしまいそうだ。
「どう考えてもわたくしは、シュン様に心配していただくに値しませんわ」
「何を言っている、そんなことは……」
「いいえ!」
黙って聞け。
こっちは眠くて仕方ないんだよ。
「わたくしの魔力ではこの薄紙一枚を引き寄せるのが精一杯……。それに今回の事故で、わたくし自分の無力さを思い知りましたのよ」
「ハナコ……」
「それに引き換え、ユイナ・ハセガー男爵令嬢はわたくしを魔力で助けてくれました。とっさの出来事に必要な判断と対応ができる。そんな彼女こそ、シュン様のおそばに置くべきではありませんか?」
ティッシュの影で小さなあくびが出たが、ちょうどいいから涙目で訴えることにする。
「ハナコの言うことはもっともだ」
「では……!」
これでデッドエンド解決だ。
しかし山田よ。なぜここでわたしの手を強く握ってくる。
「確かにユイナ・ハセガーは護衛に最もふさわしい。伴侶としてわたしの横に立つ、ハナコ、お前のな」
げっ、マジ何言ってんの。
「そうではなくて、彼女の魔力は王家の血筋にもっともふさわしいと、そう申し上げているのです」
「国を統べるのに魔力は必須ではない。考慮すべきという者も確かにいるが……」
ですよね! 激しく同意!
「ふっ、安心するといい。仮に反対の声があったとしても、ハナコは必ずわたしが守ってやる」
全力でノーサンキュー。なのに言い返すためのよさげな言葉がみつからない。
(丸め込むつもりが丸め込まれてどうすんだ……)
形勢不利と見て、ここはいったん撤退すべし。
引き際も肝心、てなわけで気分が悪そうにうつむいた。本気で眠いので、迫真に迫る演技もお手のものだ。
「申し訳ございません。実はわたくしまだ本調子ではないみたいで……」
「それはいかん! 今すぐ横になるといい」
「うひあっ」
ななな何、ひとのこと抱えあげてんのよ。
ていうか、どうして人ん家の廊下を迷いなく歩く。
そしてなぜわたしの部屋の場所を知っているんだっ。
「公爵家の間取りを把握しておいた甲斐があった」
ストーカーかっ!
山田は当たり前のように部屋に踏み込んで、当然のように奥の寝室へとわたしを運んだ。
「さぁ、ハナコ、ゆっくりと休むがいい」
魔法の力で上かけの羽毛布団がふわりと浮いて、そっとベッドに下ろされた。ご丁寧に隙間を埋めるように首元の布団を整えられる。
そのまま山田は寝室に居座ろうとしてきた。
王子とは言え、さすがにこれはマナー違反だ。
未婚の令嬢の寝顔を見ようなど、公爵家をバカにする態度と取られかねない。
「シュン様、わたくしは大丈夫ですのでどうぞもうお帰りください」
「何、遠慮はいらない。このわたしが見守っているからな」
山田の奇行に驚いて、入り口でおろおろするメイドが見えた。
目くばせで何とかしろと訴えるが、青い顔を横にぶんぶんと大きく振られてしまった。
王子相手に強気に出られないのは分かるけどぉ。
このまま行くと、あなたの大事なお嬢様の首が胴体から離れますのことよ!
「ハナコ姉上、どうかした?」
「ケンタ!」
寝室にいる山田を見て、ケンタの顔が険しくなった。
うわ、弟がこんなに頼もしく見えたことはない。許す、このまま山田をや~っておしまい!
「ケンタか。邪魔しているぞ」
「シュン王子、姉に気を配ってくださってありがとうございます」
「何、ハナコのためだ。気にするな」
いや、全力で気にしろ。お願い、ケンタ引かないで!
「ありがたいお言葉。ですが王子がいては姉も緊張して眠ることが出来ないでしょう。ゆっくりと休ませるためにも今日のところはお引き取りくださいますか?」
「うむ、それなら仕方あるまい」
ナイスケンタ! 姉思いに育ってくれて、姉ちゃんとってもうれしいよ。
「王子、エントランスまでお見送りいたします」
「ああ。ではハナコ、来週また見舞いに来るからな」
来んでいい!
山田が去って、ようやくひと息ついた。
今回の「魔力はポンコツ作戦」、結果は……見事惨敗。
もう、ふて寝するっ。
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