第1話 婚約者指名まであと一年

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第1話 婚約者指名まであと一年

 わたしは森華子。見た目も中身もバチバチの日本人。  なのにわけあって、今はハナコ・モッリとして公爵令嬢なんかをしている。 (――まずい、山田だ)  人もまばらな放課後の図書館で、吟味(ぎんみ)していた本をそっと棚に戻した。  周囲には人影なし。ここで見つかったらやっかいだ。奥に進み、じっと身をひそめた。  少しずつ靴音が近づいてくる。カツカツとやけに大きく響かせながら、山田はわたしのいる本棚の横を通り過ぎた。 (そのまま去れ、去れ! 悪霊退散……!)  強く念じ、本棚の影で息をひそめる。足音が止み、ふいに図書館に静寂が戻った。 「ここにいたのか、ハナコ」 「し、シュン王子っ」  てのひらに明かりの魔法を灯した山田が、つかつかと歩み寄ってくる。奥は袋小路。とっさに厚めの本を引き抜いて、ぎゅっと胸に抱きしめた。 「駄目ではないか、こんな奥まった場所にひとりいて。不埒(ふらち)(やから)に襲われたりでもしたらどうする気だ?」 「おほほほ、王子こそ護衛もつけずに出歩くだなんて、とっても危のうございますわよ?」  ひきつった笑顔を返す。てか、探してくれと頼んだ覚えはこれっぽちもない。 「案ずるな。この国でわたし以上に魔力を持つ者などいないからな」  追い詰められて、壁ドンされる。明かりの魔法が目に刺さり、思わず本で顔を隠した。  いざとなったらこの角で山田の頭をカチ割るしかない。どうせやるのなら、容赦(ようしゃ)なく全振りする心づもりだ。 「照れているのか? ふっ、可愛いやつだ」 (お前の瓶底(びんぞこ)眼鏡に光が反射して、ただ単にまぶしいんだよ!)  出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。山田が王子でなければ、あのときみたいにこっぴどく振ってしまえるのに。 「王子、少々光量が……」 「ああ、すまない。ハナコの美しい顔をよく見たくてな」  すかさず(あご)クイされる。 「それに王子ではない。シュンと名で呼ぶようにと言っただろう?」  キメ顔で言われても、トキメキのトの字もなかった。王子だろうと山田は山田。しょせんサエナイ瓶底眼鏡だ。 「シュン様、わたくしそろそろ行かないと。迎えの馬車が来ておりますので」 「もう少しくらい良いではないか」 「駄目ですわ。父に時間厳守と厳しく言われておりますもの」  顔をそらしてどうにか顎が山田の手から逃れた。  あとは横につかれたこの腕の下をくぐり抜ければ、華麗に脱出成功だ。名付けて必殺・壁ドン破り、となるはずだったのに。  山田はムダに長い足を本棚にかけて、すり抜けをブロックしてきやがった。  土足で本棚に乗り上げるとは、本好きとしては許しがたい。 「王子のわたしが大丈夫だと言ってもか?」 「立場にものを言わせて無理に従わせるなど、王子としてお恥ずかしくはありませんの?」  不敬ギリギリを攻め込んだ。元から言いたいことは言いたい性分なので、これでも言い足りないくらいなんだけど。 「うむ、一理あるな。分かった、ハナコが自分から一緒にいたいと言い出すように、わたしもさらに努力をするとしよう」  くっ、この意味不明な自信を、瓶底眼鏡ごと上段回し蹴りでへし折ってやりたい。いや、耐えろ華子。破滅ルートはまっぴら御免だ。 「(たわむ)れはこれくらいにしてください。シュン様は王位を継がれる身。わたくしにばかりかまけていては周囲に示しがつきませんわ」  ここフランク学園は貴族の子女が通う王立の学園だ。  山田は王子でありながら、貴族と同じ机で肩を並べて勉学に励んでいる。座学やスポーツ、魔法学から人望に至るまで、何をとっても常に学年トップだ。  生徒会長を務めているのも、王位に立つ予行演習みたいな位置づけらしい。 「わたしにはハナコだけがいればいい」  懲りもせずに手を取って来た。ああ言えばこう言う山田にいい加減嫌気(いやけ)がさしてくる。いや、さいしょっから嫌ってるんだけどねっ。 「わたくしなど、シュン様のとなりに立てる器ではございませんわ」 「ハナコは公爵家の令嬢だ。王家に迎えるのに不足はない」 「いいえ、わたくしの魔力はあまりにも弱すぎます。たぐいまれな魔力をお持ちのシュン様には……ユイナ・ハセガー男爵令嬢、彼女こそがふさわしいですわ!」  王子が学園に通ういちばんの理由は、未来の王妃となる相手を見定めるためだ。卒業式に王子が結婚相手を指名することで、このゲームは晴れてエンディングを迎えることになる。  そう、何を隠そうここは乙女ゲームの世界。しかもわたしは悪役令嬢のポジションときた。ハイ、王道の異世界転生いただきました!  ちなみに、ユイナ・ハセガーはこのゲームのヒロインだ。彼女が学園に入学する場面から始まって、ユイナと王子が苦難の果てに結ばれるゲーム運びとなっている。  それを邪魔するキャラがわたしってわけなんだけど。  このまま手をこまねいていると、わたしは断罪ざまぁで首が飛ぶ運命をたどってしまう。てか、誰が命をかけてまで山田の恋路なんぞを邪魔するか。  ホントふざけんなって叫びたくなるわたしの状況を、みな様よくご理解いただけまして? 「ふっ、ハナコはそんな心配をしていたのか。魔力はなくとも国を治めることはできる。魔法の行使など、下々(しもじも)の者に任せておけばいい」 「そういう問題ではありません。わたくしはもっと広い視野で物事を見ることが大事と申しているのです。多くの令嬢たちと時間を共にすることで、わたくし以外に適正のある方が見つかるはずですわ」 「ふむ、ハナコがそこまで言うのなら考慮しよう。手始めに、ハナコともっと時間を共にせねばな」 (だーかーらーっ、なんで王子のお前が悪役令嬢(わたし)に迫って来るんだよ!)  ああ言えばこう言ってくる山田にブチ切れ寸前だ。いや待て華子、早まるな。本で撲殺するのは最終手段にしなくては。 「ハナコ様、お探ししましたわ。今日はふたりでパジャマパーティーを……あら、シュン王子もご一緒でしたの」 「ジュリエッタ!」  あーん、持つべきものは友! ナイスタイミングだ、親友よ。  駆け寄って、勢いでジュリエッタに抱きついた。さりげなく肘で押し返される。何そのリアクション。微妙にちょっと傷つくんだけど。  ゲーム内でジュリエッタはハナコの取り巻きモブ令嬢の役どころだ。  しかし現在、中の人はオムツをつけたころからの幼馴染の未希だったりする。このゲームをやり尽くした、バッドエンド回避のための心強い参謀(さんぼう)だ。 「パ、パジャマパーティーだと?」 「ええ、今夜はハナコ様のお屋敷にご招待されておりますの。もちろん夜のベッドは同衾(どうきん)、夜更けまで濃密な時間を過ごす予定ですわ」 「どどど同衾!? ネグリジェ姿のハナコとひとつ夜具の中……!」 「きゃーっ、シュン王子!」  鼻を押さえた山田から、ボタボタと鮮血がしたたっている。ドン引いて、未希と一緒に軽く二メートルはあとずさった。 「はぁはぁ、す、すまない。つい過激な想像を……」  どんな想像したらそんななる!?  てか、わたしは子どものころから毛糸の腹巻必須、コットン100%のハイウエストパジャマひと筋じゃ。それに全国パジャマパーティー協会のみなさんに土下座で謝れ! 「と、とにかくわたくしたちは帰宅いたします。行きましょう、ジュリエッタ」 「ではご機嫌うるわしゅう、シュン王子」  血ぬれた床の上にたたずむ山田をひとり残し、そそくさと図書館を出た。  そんなこんなで卒業式の婚約指名まであと一年。わたしの苦難の道は始まったばかり。  てか、どうしてこうなった!?
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