9人が本棚に入れています
本棚に追加
ギイィ――・・
蝶番の軋む音を引き摺って、玄関の扉は、難無く開いた。
オルグレウスは、アルバール司祭が嘘を付いた可能性を考え、鼻で笑った。
格下を相手に、ビビッてそのまま帰りました、とは言えないか。
何てこと言うんだ。
ファーレインが、自分の中で言った。
「恥ずかしい事じゃないさ。当然だ」
「あの方は、ご自身の闇と向き合っていらっしゃる。立派な方だ」
「はいはい。今は俺の身体なんだから、少しは黙ってろよ」
雲が流れ、月を隠した。
館の中は真っ暗だ。
奥の暗闇の中で、赤い点が二つ、鋭く輝いた。
オルグレウスは、構わず中に踏み込んだ。ファーレインの身体をした彼は、暗闇の中の全てが視えている。短時間であれば、自分の力をファーレインの身体に反映させることも出来る。不測の事態に対応する為にも、本来の身体の持ち主と交代した。
カカカカカカ
人ではないものの乾いた”声”が、館の内に響いた。まるで老人が笑っている声にも聞こえるが、獰猛な生き物が発する威嚇の音の様でもある。
オルグレウスは、闇の中でそれを見た。
玄関を入ると、奥へと空間が広がっている。そこは小広間になっていて、両側に階段があり、緩やかな弧を描き上へと伸びている。階段の先には手摺のある通路が伸び、左右のどちらも、館の奥へと繋がる。
小広間の奥、正面よりやや上の、丁度通路の中央部あたりに、それはいた。
人形の面の様な、人間の女の顔。二つの赤い点は、女の目であった。それ以外には、人間の要素は無い。赤黒いぶっとりと長い胴体から細長い樹木の枝の様な黒い脚が生えている。八本もある脚の内の半分は、高い天井に向かって伸びている。下半分の脚は、猫の脚の太さ程はある白い糸でぐるぐる巻きにした獲物をしっかりと抱いている。女の口から剝き出しになった鋭い牙は、獲物に食らいつき、食事の真っ最中であった。
面女の周りには白い糸で出来た網が放射状に、垂直に張り巡らされ、複数の糸の先が階段の手すりや天井面、吊り下げ型の燭台などに固定されている。網の所々には、繭の様な白い塊がある。捕らわれた人間たちだ。生きているかどうかは良く見えないが、捕らわれてからは飲まず食わずの筈である。生きてはいないだろう。
オルグレウスは、違和感を感じた。
この網は、罠だ。あくまでも館内で待ち構え、入って来た者を捕える為のもの。
誰が誘い込んだ?
雲が切れ、うっすらと月の光が闇に溶け込む。
その時、扉が開け放たれたままの玄関の前に、何者かが立った。
最初のコメントを投稿しよう!