ヘドロゲーン最期の日(2019年8月30日)

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☆ 「榊君⁈」  青瀬が声を上げると、幽玄の蒼白い顔が紫色になった。 「セン……し、失礼」  幽玄は廊下に出て行った。一緒に来た少年は「またかよ」とあきれる。 「さか…」 「来るな!」  慌てて追いかけた青瀬に、幽玄は背を向けたまま大声を出したが、ふらつき、今度は静かな声で話した。 「……いや、来ないでください…仕事の、緊張が、切れる……」  幽玄は、声も身体も震えていた。いや、震えではなかった。  それは白い虫。幽玄が使役する疳の虫が、彼の身体を這いずり噛み縛っている。ここまで暴れる虫を、青瀬は初めて見た。 「あなたも…仕事で、来てるんでしょ、プライベート持ち込まないで…くださいよ…」  前にサダカ所長から注意されたことが、頭をよぎる。 『アイツに学校のことは聞くな。絶対に聞くな。いじめられた悪い記憶しかない』  だから青瀬は聞いたことがなかった。小中どこだったかも知らない。学区的にはこの辺だろうが……この辺? 『20年くらい前……まさか』  熟考の暇はなかった。  青瀬は汗ばむ両手を握りしめ、背筋を伸ばした。久しぶりに『猛獣使い』にならなければならない。 「そうだな、その通りだ。この子達がキミの依頼人か?」  依頼人の少年は、急にイキリだした見知らぬ男を警戒し、妹を背にかばった。 「子供だからって手を抜いてるのか? ひどい顔だぞ、顔でも洗ってこい」  幽玄がふらふらと手洗所に向かうのを確認して、青瀬は少年達を連れて職員室に急ぎ戻った。 「…大丈夫ですか」 「はい」  ダンボール箱を抱えた担任は、顔色がこの上なく悪い幽玄を、6年3組に案内していた。後ろから依頼人兄妹と、ノートとカメラを手にした双葉が付いてくる。  青瀬は所用で帰った、と聞かされ、幽玄は少しだけホッとした。この先に待ってるだろうお化けが想像通りなら、センセには見てほしくなかった。 「こちらです」  教室の、後ろの戸を開ける。 「⁉︎」 「ギャ!」 「…うそ…」  その場にいた全員が目撃した。 『ヘドロゲーン』はいた。窓際の、一番後ろの席があった場所に。  それはまさしく、かつて弄ばれ踏みにじられた、幽玄の魂の姿。
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