荒沼のおじさんは

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それは、今年の春だった。 僕は、迷っていた。 学校で、女子が僕を好きだと言って、付き合うことになったのだけど。その子はどうも、別に僕が好きだったわけじゃなくて、恋人を作ってみたいだけのようだったのだ。 だったら。 別に僕じゃなくてよかったんじゃないかな。 こんな相談、親にできるわけがない。 おじさんが生きていたらなんて教えてくれるだろう。 僕は、行き場のないこの思いを手紙に書いて荒沼のおじさんに送った。 “今年は桜が咲くのが早くてすぐ散ってしまいました。花見が好きだったおじさんも残念がっているのではないかと存じます。 おじさん元気ですか? 僕は元気がありません。 最近彼女ができましたが、彼女はどうやら恋人になってくれれば誰でもよかったみたいです。僕はどうしたらいいでしょうか。” おじさんから返事なんか来るはずない。 おじさんには、読んでさえもらえないのだから。そうわかりながら手紙をポストに入れた5日後、うちのポストに手紙が届いたのだ。 差出人は荒沼のおじさんで。 筆跡も荒沼のおじさんのものだった。 僕は驚きのあまり、“えっ”と声を上げて、封を鋏で切って、中の手紙を出した。 “親愛なる律くんへ。 お久しぶりです。春の桜は散るのが早くて、おじさんは毎年、そのたびに寂しい気持ちになります。実は、おじさんは春が嫌いです。 さて、本題です。 律くんに彼女ができたのはとても喜ばしいこと。中学生の律くんが、成長したということなので。 彼女が恋に恋してるだけという悩みは、とても辛いと思います。おじさんにも、そんなことがありました。 でも、律くんはどうでしょうか。相手のことは本当に好きですか?お互いのためになる行動をしてみてください。 因みに、おじさんは、彼女に好きな人ができて、二股状態にされ、お別れしました。悲しかったです。 律くんは、お互いが悲しまない道を歩んでください。” 荒沼のおじさんの言うことみたいだ。 読み終われば僕の心には“彼女と別れよう”と決心のようなものが芽生えてきて。 次の日、部活の後の帰り道、僕は彼女からビンタを喰らいながらも、「考えてみたら咲のこと別に好きじゃなかった」そう告げて別れたのだ。 ビンタを喰らって当然のことだと思いながら、頬を押さえて、ひとり夕暮れの街を歩きながら、清々しい気分になったものだった。
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