1:隠者の洞窟

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1:隠者の洞窟

 ファルサーは、ようやくその場所へ辿り着いた。  まともな登山道も無い山は、全体は剥き出しの岩ばかりだったが、その道なき道を登り切ると急に草地が広がっていた。  そしてその向こうには、町で教えられた通りの岩壁が(そび)えている。  登ってきた岩場を振り返って見ると、遥か眼下には町から四方に伸びるリボンのような街道と、青い湖が一望出来た。  大きく深呼吸してから隆起した岩壁の(そば)に歩み寄り、今度は重なった岩襞を根気よく探る。  するとこれもまた町で教えられてきた、洞窟への入り口を見つけることが出来た。  洞窟はなだらかに下降していて、奥のほうまで外の光が差し込んでいる。  これならば、松明を用意せずともかなり先まで進めそうだ。  二十代になったばかりのファルサーは、色の濃い金髪と同じように色の濃いロイヤルブルーの瞳をしていて、大柄(おおがら)で筋骨逞しい、見るからに戦士(フェディン)と解る男だ。  容貌は精悍で覇気に溢れているが、身に付けているのは安価な革鎧と革ベルトで、腰に下げているグラディウスも含めて全体に質素である。  なんの恐れも持たず、迷いもなく、ファルサーは洞窟へと踏み込んだ。  先で真っ暗になったら明かりを用意しようと考えながら進んだのだが、洞窟の長さは外の明かりが届かなくなる手前で終わっていて、そこにはその場に全く不釣り合いな扉があった。  鉄枠が岩壁にしっかりと嵌っていて、木製の扉の中央には重そうなドアノッカーが付いており、鉄枠の少し上のところに "Lunatemis(ルナテミス)" と文字が刻まれている。  そして、ノッカーの丸い手すりには "ご用件の(かた)は中へ" と書かれた木製の札が下げてある。  その違和感だらけの状況に顔をしかめたものの、ファルサーは洞窟に入った時と同じように、怯まず扉の取っ手に手を掛けた。  彼は、麓の湖の真ん中にある島に行かねばならなかった。  しかし、湖には船着き場の残骸のような場所があるだけで、小舟すら浮かんでいない。  もっともそれは、当然のことだと思った。  湖の島には強大なドラゴンが棲み着いていて、町の(もの)(だれ)も近寄らないからだ。  だが、自分はどうしてもあの島へ行かねばならない。  どうしたものかと湖岸で思案をしていたら、その姿を不審に思ったらしい老爺に声を掛けられた。  詳細を語らずに、ただ「島に渡りたい」と言ったファルサーを、老爺がどう思ったのかは判らない。  ただ、それならばこの周辺で一番標高のある山に登れと言われた。  曰く、そこには "隠者のビショップ" と呼ばれる非常に風変わりな、山の精霊の加護を受けた長命の(もの)が住んでいると言う。  そして島に行くには、"あの(かた)" に頼む他に方法は無いと教えてくれたのだ。  そんな変わり(もの)が、しかも洞窟に暮らしていると聞かされていたから、てっきり穴ぐらのような所に、此処を教えてくれた老爺以上に顔中ヒゲだらけの、老獪の(もの)でも住んでいるのだろうとファルサーは想像していた。 「(だれ)かいるかい?」  開けた扉の向こうには、広くて明るく清潔な部屋があった。  精々松明に照らされた程度の暗い住処を想像していたファルサーは、すっかり面食らってしまう。  思わず振り返って扉の外を見て、内側を見て、また外を見て、それを何度か繰り返し、驚きをそのまま声に出して感嘆する。 「信じられないな!」  しかし何度繰り返しても、鉄枠で縁取られた扉を挟んで、中と外とがまるで別世界だった。  入り口の扉は、確かに洞窟の奥にあるにはあまりにも異質な佇まいではあったが、扉だけを見れば、貴族とまでは言わないが、金回りの良い家の玄関扉といえる。  だがその部屋は、正に貴族の館のような広さと美しさだ。  床は薔薇色の大理石が平らかに敷き詰められて、塵ひとつ落ちておらずピカピカだったし、四方の壁も染みひとつない真っ白な石材で作られている。  壁面には等間隔で半円形をしたすりガラスが取り付けられていて、内側から光を放っていた。
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