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「ほら、見えてきたよ、学校」  オレが指を差したら、慎が顎に流れた汗を拭いながら「ふーん」って顔をした。 「ちょっとさ、遠いんだよなぁ。坂もあるし」 「あー…、うん。ちょっと遠いな」  苦笑したオレに慎も苦笑いを返した。 「あのさ、え…っと、ミサト…くん?ってさ」 「あ、あ、あの、翠里、でいいよ。くん、いらない」 「じゃあミサト」  わっ 「うちさ、共働きなんだけどさ、ミサトん家は?」  なんだろ、ドキッとしちゃった。 「あ、うん。うちもそう」  学校のフェンスに沿って門に向かって歩きながら、とくとくと鳴る胸に手を当てた。  空が夕焼けで赤く色付いてきて、昼間は突き刺すみたいだった太陽の光が、じんわりしたストーブみたいな熱さに変わっていった。 「4年はもう学童ないって聞いたんだけど、どうしてんの?」  首を傾げて覗き込まれてまたドギマギしてしまった。 「が、学校の隣がさ、公園なんだ。そこでしばらく友達と遊んで、で、あとはまあ家帰るって感じ」 「へー…」 「あ、オレ、ちゃんとみんなに紹介するから、えっと…」  ちらっと慎を見たら、慎が自分を指差して「ん?」って顔した。 「俺も、慎でいいよ。ミサト」 「うん…、シン、のこと、紹介する、オレ」 「ありがとう。やっぱいいやつだな、ミサトって」  にって笑ってくれて、なんかすごい嬉しい。 「あ、シン。そこの門がね、8時5分になったら開くんだ」 「そっかぁ。分かった。ありがと、ミサト」  頷きながら応えた慎を見ながら、ごくんと唾を飲み込んだ。 「…よかったら、でいいんだけどさ。朝、一緒に行かない? 学校」  ドキドキ、ドキドキ、胸がうるさい。 「え?」  訊き返されたら余計ドキドキしちゃう。 「あの、友達みんな方向違くて、いっつも1人で行ってるから、だから…」 「うん、行く」  うわっ 「…まじで?」 「誘っといて驚くなよ」  慎が照れた顔をした。 「あはは、そう、そうだよね。つか学校まで来たし戻る?」  慎の返事を聞いて嬉しくて、相変わらず心臓は跳ね続けてる。 「そだな。俺、部屋ぜんっぜん片付いてねーの。ヤバいくらい」  ぺろっと舌を出して慎が笑った。 「うわ、マジで? ごめんなー、んな時に連れ出して」 「いいって。気分転換になったし。ありがとな、ミサト」  来た道を帰りながら、翌日の約束をした。  家に帰ったら、思ったほどは怒られなくて「色々教えてあげなさいね」ってお母さんに言われた。 「あ、明日10時に来るから、シンが」  夕食の準備を手伝いながらそう言うと、お母さんはちょっと驚いた顔でオレを見た。 「え?あ、上の? なに、もう呼び捨て?」 「うん。なんか、授業どこまで進んでるか知りたいって」  お箸を並べながら、オレを「翠里」って呼び捨てた慎の声を思い出した。 「そっかそっかぁ。転校はねぇ、心細いから。気が合うなら仲良くね」 「…なんか実感こもってない? お母さん。転校したことあるの?」  カウンターに並べられたお皿をテーブルに運びながら訊くと、お母さんは「そうよ」と頷いた。 「5年生の時にね、おじいちゃんが転勤になって。すっごい嫌だったし淋しかったー」  眉を下げて言ったお母さんは、でもその後ににこって笑った。 「淋しかったけど、転校した学校の子たちがみんな優しくてね。今でも何人かは連絡取ってるのよ」  ふふって笑ったお母さんは、ご飯をよそったお茶碗をカウンターにトンって置いた。  シンも嫌なのかな、転校。  笑ってたし、そんな風には見えなかったけど。  でももしシンが嫌だって、淋しいって思ってるんだとしたら、オレはもっともっとシンと仲良くなって、ここに引越してきてよかったって思ってもらえるようにしたいって思った。
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