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M 6
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『明日、10時にうち、ってことで。またね』
って言った次の日の10時ぴったりに、慎はうちの玄関チャイムを鳴らした。
来た!来た!
爪先立ちで玄関まで走って行って、大急ぎでドアを開けた。
「おはよ」
慎がちょっと緊張した顔で言った。
「おはよっ。入って入ってー。オレしかいないし」
「そっか、共働きなんだよな」
ほっとしたように笑って、慎がうちに入ってきた。
「リビングに教科書出してあるからさ」
「ミサトん家って俺ん家と左右逆なんだなー」
きょろきょろ周りを見回しながら慎が言った。
「へー、そうなんだぁ。オレ自分家しか知んないや」
「今度うち来なよ。片付いたら」
「な」って微笑みかけられて嬉しくて、「うん」って大きく頷いた。
それから、栞を挟んでおいた教科書を慎に見せた。
「わ、ちゃんと印付けといてくれたの? サンキュー」
「ううん全然。ゆっくり見てってー。…オレ、宿題やるし…」
思わずため息をついて、終わってない宿題をまとめて入れたカゴを引き寄せた。
「ははっ。俺、宿題ないんだ。転校したから。それはラッキーだったかなー。延々と荷造りだったけど」
なんでもないことみたいに慎が言った。
でも、ほんとはどうなのかな。
リビングのソファ前のテーブルに並んで座って、オレの教科書をペラペラめくってる慎を、ちらっと横目に見た。
「へぇ。翠里ってこういう字なんだ」
教科書の裏の名前を見て慎が言った。
「うん。シンは? どんな字?」
「俺は、りっしんべんにまこと。あ、どっか書いていい?」
うん、て頷きながら、鉛筆と宿題一覧のプリントの裏を慎に渡すと、慎がそこに『間宮慎』と書いた。
「字、上手いね」
「そうかぁ?」
照れくさそうに笑った慎が、オレの前に置いてあるカゴの中身を見た。
「そのカゴの中に入ってる本、俺も読んだ」
「え? マジで? それさ、読書感想文用に借りたんだけど、まだ読めてなくて」
「そうなんだ。面白かったよ、それ。もしどうしても間に合わないなら、あらすじ教えてやるけど?」
「うわ、助かるー。やばかったらお願いするー。てゆっかすでにヤバいけど」
慎が神に見える…
「でもほんと面白いから、読めたら読んで」
「うん!」
そう言われると読みたくなった。ずっと後回しにしてたのに。
ワークブックを開いて、昨日解んなくて放り出した算数の問題を見返した。
とりあえず消そ…
「ん? 翠里、算数苦手?」
「え…、あ…うん…」
手元を覗き込まれてちょっと恥ずかしかった。
「あ、ほら途中まで合ってる。で、ここでほら、ちょこっと計算ミスしてる。そこ見直してみな?」
「うん」
慎に見守られて、なんかドキドキしながら昨日解けなかった問題をもう一度考えた。
「あ、できた…かな?」
「うん、オッケー。合ってる」
にっこり笑いかけられたのがすごく嬉しかった。
「次のもやってみな? 俺見てるし」
「うん!」
慎はオレが詰まるとヒントをくれて、なかなか出来なかった算数のワークブックが過去最高のスピードで進んだ。
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