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M 69
2人っきりはヤバいから出かけよう、って慎は言ってたけど…。
でもオレはやっぱり、慎と2人っきりになりたい。
「…だめ…?」
慎が口の動きだけで「うわ」って言った。
『うわ』?
そして、ふー…ってため息をつく。
…やっぱだめなのかな…
残り4分の1くらいになった牛丼に視線を落とした。
食べなきゃもったいない、けど…
「ごめん翠里、それ急いで食べて?」
「え?」
なんで?って思って慎を見たら、さっきまでと違うちょっとギラッとした顔をしてた。
「食ったら帰るよ。すぐに」
スッと顔を寄せてきた慎に、耳元で低く囁かれてぞくっとした。
身体の奥がぞわっとする。
「…う、うん…っ」
心臓が強く打ち始めて、ぎくしゃくした動きで残りの牛丼を再び食べ始めた。でもドキドキしすぎてもう喉を通らない。
「あの…慎、もう…食べらんない…」
「ん、じゃ俺が食う」
慎がオレの前の丼をサッと取って、あっという間に空にした。丼をトンッとオレの前に置いたら、「行くよ」って言って伝票を取った。
「あ、待って、お金…っ」
オレが追いついた時にはもう慎が2人分出していて、オレは慌てて自分の分を慎に渡した。
「急かしてごめんな? …つか」
ぐいっとオレの肩を抱いて、慎が歩き始める。
「翠里が可愛すぎて俺がダメだわ」
「え…?」
いつもより速い慎の歩調に、必死でついて歩いた。電車に乗ったら、慎はオレを扉脇のスペースに誘導した。そしてオレを囲うように手摺りを持って、じっと見下ろしてくる。
落ち着かない
でも、見られたくないわけじゃない
ただ、慎に見られてドキドキそわそわしてるのを、慎以外の人に見られたくない。
それは恥ずかしい。
だから平気なフリ、してる。雷が鳴ってる時みたいに。
雷と違うのは、ドキドキの種類と、ドキドキの原因が離れてほしいかほしくないか。
もう苦しいぐらい心臓が跳ねてるけど、慎には目の前にいてほしい。
…一駅分なら、たぶん大丈夫。
唇をぐっと噛んで、慎をちらっと見上げて目を逸らす。
ずっと見てるのは無理。慎、カッコよすぎる。
周りから見えにくい扉側の手で、慎のTシャツの裾をこっそり掴んだ。
駅に着いてオレが慎のTシャツを離したら、今度は慎がオレの手首を掴んだ。オレの手を引いて階段を降りて、改札を通る時だけ手を離した。改札を抜けたら慎がオレに腕を伸ばして、巻き込むみたいに肩を抱かれた。
「俺の部屋でいい?」
赤信号で止まった時、慎がオレの耳元で訊いた。
普通に訊かれたら、たぶんフツーに「いいよー」って応えられた。
でもそんな低く潜めた声で訊かれたら、もう声も出せない。
うん、って頷いて、またちらっと慎を見上げた。
「…やば…」
慎はそう呟いてオレから目を逸らして、でも肩を抱く腕を少し引き寄せた。
歩くスピードは速いのに、いつもより家が遠く感じる。信号には引っかかるし、途中で寄ったコンビニのレジは混んでいた。
マンションのエレベーターに乗って、4階のボタンを押した慎がまた深いため息をついた。肩を、腰を抱いてぴったりとくっつけた身体は汗ばんでる。
4階に着いた瞬間から慎は『開』のボタンを連打して、ゆっくりと開くドアの間を急いた様子でオレの肩を抱いてすり抜けた。
自宅の前でポケットから鍵を出した慎が深呼吸をした。
ドキドキする。息も苦しい。
慎の家に入るのに、こんなに緊張したことない。
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