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M 89
なんか今日遅いな、ってちょっとイライラして、でも慎と絢一が廊下の角を曲がって来るのが見えたら意識して口角を上げた。
「おつかれー、慎! 絢一! かえろかえろー!」
慎が靴を履き替えるのを待って飛びついた。
オレ、いつも通り笑えてるよね?
「お待たせ、翠里。毎日待ってくれてありがとな」
慎が軽くオレを抱きしめて、それから「ん?」って顔をした。
「待ち疲れた? ごめんな、ちょっと呼び止められてたから…」
「翠里のクラスの久保って子がさ、慎に声かけてて。おれ「ジャマ」って顔で見られちった」
絢一がイヒヒって笑う。
わざと邪魔になるように慎といてくれたんだろうな、絢一。
大田は最後まで練習を見てったりしないから、3人で帰る。
慎は当たり前みたいにオレの肩を抱いてくれた。
「なーんか前より視線が増えたな」
絢一がちらっと周りを見回して苦笑いする。
「早く飽きてくんねーかなぁ」
慎がため息をついた。
「それはなぁ、飽きねぇよなー、イケメンは。なぁ、翠里」
「え」
「なんだよ、前みたいに素直に「うん」って言えよ、そこはさ」
絢一がガハハって笑った。
慎の腰に回した腕に力をこめてぎゅうっと抱きしめる。
慎と一緒にいたい。
でも、慎と喋るのが怖い。
『久保さんと仲良くしないで』
喉元まで出かかってる。
すっごく言いたくて、絶対に言いたくない。
練習が終わって家に着いたら、もう母が家に帰ってるから慎と2人っきりにはなれない。
…ちょうどいい…か…
「どうする? 翠里、夜…」
エレベーターを待っている時、慎が耳元で囁いた。
「あ…うん、ゲームだけ…。平日、だし…」
「ん…。そうだな。じゃ、後で連絡する」
前は平日だって気にせず泊まってた、けど。
この前、親にバレないように気を付けなきゃって話もしたし。
だから慎も、泊まりはやめといた方が、ってきっと思ってる。
そんな風に思っていたら、土曜はうちが、日曜は慎の家がそれぞれ親戚の用事とかで会えなかった。
会いたくて会いたくて、でも会えなくてホッとしてた。
今日は久保さんが、体育祭のジンクスの話をしていた。
「あたし間宮くんにお願いするんだー。なんかジンクスとか知らなくて交換してくれそうじゃない? 知らなくてもいいんでしょ? あれ」
知ってても知らなくても、慎は久保さんとハチマキの交換なんかしないって分かってるのにイライラしてしまった。
もうやだ、こんな気持ちになるの…
…早く終わってほしい、体育祭…
終わったら、このモヤモヤはきっと消える。
消えなくても小さくなると思う。
そしたら隠しておけると思うから、だから…
慎に余計なこと言わないように気を付けなくちゃ…
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