Sin  90

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Sin  90

 俺は小4で転校してきたから、それより前の翠里のことは知らない。  当たり前のことなのに、絢一や他の友人の語る翠里との思い出話を聞くとなぜかモヤモヤした。  でもモヤモヤしてるのを知られたくなくて、その思い出話を面白がってるフリをして聞いてた。  絢一になんか何回嫉妬したか分からない。  翠里と絢一が友達になったのが小3のクラス替え。そのたった1年4ヶ月の学校での出来事、学童での思い出。その全部が羨ましかった。  でもなんで自分がそれを羨ましがってるのかは、なかなか分からなかった。  どうしてこんなに口惜しいんだろうって思っていた。  自分が翠里のことを好きなんだって自覚して、その気持ちに合点がいった。  ちっせーな、俺、って思って自分を嘲笑(わら)った。 「じゃあオレ、そろそろ帰るね」 「ん? ああ、うん…」  今までなら「泊まってく」って言ってたと思う。  体育祭の練習が始まって、夕方の2人で過ごす時間がなくなってしまった。  俺は放課後の練習を面倒くせぇなって思ったけど、翠里は俺や絢一が全力で走るのが見られるって喜んでた。  で、実際見に来てて、終わんの待っててくれて一緒に帰ってきてる。けど。  でもなんか…最近翠里の態度が少しよそよそしい。  俺が触るのを嫌がるわけじゃない。腕を伸ばせば素直に肩を抱かせてくれるし、キスを嫌がるわけでもない。  だけど…、「全部は明け渡さない」というような意志を感じる。  俺に身体を預けてくれない。  帰っていく翠里の背中を見送って、1人の自室でため息をついた。  何があった? ここ最近…  やっぱ体育祭絡みか?    そういえば俺の前に走る翠里のクラスの久保って子、やたら話しかけてくるようになったな。  リレーはバトンの受け渡しが重要だから、あんま邪険にもできない。  喋りながら少しずつ距離を詰めようとする久保から、さりげなく離れて一定以上近付かないようにする、というのは気を付けてる。  俺だって翠里に女や男が必要以上に近寄るのは嫌だ。  そういう体育祭関係のことを、翠里ときちんと話しておきたいと思っていたのに、土曜は翠里のうちが、日曜はうちが用事があって全然会えなかった。メッセージは普通だったけど、顔を見て話さないと安心できない。  どうかしたのか、って、はっきり訊いていいのかも分からない。  友達だった頃の翠里は俺になんでも言ってきてたから、こんな風に悩んだことなかった。  どうしたらいいのか分からなくて、結局今まで通りに翠里に接してみた。  ただし、心の中ではびくびくしてる。  何か一言間違えたら、翠里が逃げてしまうんじゃないか。  付き合う前は、翠里が俺から離れていくなんて考えもしなかったのに、今は翠里がいなくなったらどうしようと不安で仕方ない。 「泊まっていかないか」も「泊まっていいか」も、もう怖くて訊けない。  翠里は変わりなく俺と絢一の練習を見に来てはいる。  最後まで見て、一緒に帰って、夜どちらかの部屋でゲームをする。そしてとりとめのない話をして、引き止め合うこともなく別れる。  翠里は、笑ってはいるんだ。普通に話しもするし、一緒に昼飯も食う。  休み時間は相変わらず教室移動なんかがなければソッコーでうちのクラスに来るし、なんなら俺の膝に座ったりもする。  でも、なんか違う。  違うのが嫌なわけじゃないんだ。生きていれば考え方が変わることもあるだろうし、苦手を克服したり、逆にダメになったりすることもあると思う。だから翠里が翠里なら、変わっていくのは構わない。  ただ、元々無邪気で無防備な翠里の、気の張った様子が気にかかる。  無理をしてる。何かを我慢してる。そういう風に見える。    
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