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S 91
「…翠里さぁ…、なぁんか変だよな」
放課後の更衣室で絢一がボソッと言った。
「慎はもちろん気付いてんだろー?っつーか、お前も変だしな」
じっと俺を覗き込んでから、絢一が着替え始める。
「おれ今日さ、翠里のクラスにちょっと行ってみたんだけどさ、なんかあの久保って子、お前と仲良くしてるってクラスで言い回ってるみたいだぞ?『練習の合間にいっぱい喋ってくれてぇ』とか」
「…俺は喋ってない。あっちが話しかけてくるだけだ。そりゃ無視したりはしねぇけど」
「まあそういうさ、あることないこと?つか、ないことないこと?をさ、喋ってるわけだ、クラスで。翠里がいる場で。あいつ休み時間になったらうちのクラスに飛び込んでくるけどさ、そういうの聞きたくないのもあるのかもしんねぇな」
絢一にポンと肩を叩かれてビクッとした。
「あいつがさ、お前のこと疑ってる、とかはないと思う。遠目でも毎日現場見てるわけだし、お前の完璧な愛想笑いなんかおれでも分かるからな。だから、解ってても湧いてくる感情、とかそういうの?と戦ってんじゃねぇかなぁ? あいつ変なとこで潔癖っぽいとこあるじゃん。カタいっていうかさ」
絢一の言葉を聞きながら機械的に着替えて、絢一の後に付いてグラウンドに出た。
翠里はいつもの場所から俺たちを見ていた。
何考えながら俺のこと見てんだよ、翠里。
俺はどんな言葉を翠里にかけてやればいい?
集合のホイッスルが鳴って、スウェーデンリレーの選手の生徒が集まっていく方に俺も足を向けた。
「えー、各チームね、ずいぶんタイムも良くなってきましたね。本番はもうすぐです。チームワークを乱さないよう、仲良く練習に励んでください」
こんなタイミングでそんな声かけしないでほしい。
叫び出したいような気持ちでコースに入った。
久保が走ってくる。その走ってくる久保の方を、見ないわけにもいかない。
タイミングを図って走り出す。後ろに出してる手にバトンが渡された。
あと何回久保からのバトンを受け取ればいい?
走り終わった俺の方に久保が寄ってくる。
「なんか、どんどん速くなるよね、間宮くん。陸上部入ればいいのに。あたし陸上部だからさ、入部届もらってきてあげようか?」
黙ってくれよ
そう言いそうなのを飲み込んで、深呼吸しながら俯いて首を横に振った。
「…いや、いい。いらない。部活はやんねぇから…」
「えー? もったいないよぉ。そんな走れるのにぃ」
久保の話を聞き流しながら、不自然にならない程度のスピードで歩いて、他の皆のいる方に向かった。久保は俺に付いてくる。
翠里に久保と2人でいるように見られたくない。
翠里に、久保とはなんでもないよって、言った方がいいのかな。
いや、絢一も言ってただろう。毎日見てるんだから何もないのは分かってるはずなんだ、翠里だって。
久保がクラスで話している内容が、誇張や歪曲した内容だって翠里には分かると思うんだ。だから、翠里の様子が少しおかしい原因が、久保だとは限らない。それなのに久保のことを持ち出したら「お前俺のこと疑ってるだろ」って翠里に言ってることにならないか? 翠里を傷付けることにならないか?
そんな風に考えてしまって、何も言えなくなった。
とりあえず、早く体育祭終わってほしい
「明日、天気イマイチなんだね、体育祭」
ゲームを終えて、もう帰んなきゃなと思ったところで翠里が言った。
天気予報を見ている翠里のスマホを覗くと、明日の予報は曇り、所により一時雨。
「すっごい晴れて暑いのもやだけど、雨になって延期が一番やだなぁ」
下唇を少し突き出してスマホを睨んでる翠里がめちゃくちゃ可愛くて、一瞬躊躇ったけど抱きしめた。
翠里が息を飲んで肩をすくめる。
…嫌がってはいない…な…
「明日でサクッと終わって、来週からまた普通に帰って来たいよな」
翠里をぎゅうっと抱きしめて訊いたら、うん、て頷いた。
その頷いた首が細くて、口付けたくなってしまった…。
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