S   92

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「慎、お弁当、翠里くんのとおかず被んないようにしてあるからね。今日も一緒に食べるんでしょ?」  いつものより少し大きめの弁当箱を渡してくれながら母が言う。 「ん? うん、分かった。サンキュ、仕事あんのに」 「ううん。高校生にもなると、もうお弁当でしか応援できないもの。頑張ってね、スウェーデンリレー」  ん、って頷いて「行ってきます」と家を出た。  天気は予報通り曇りで、空には一面、白い雲が広がっている。 「朝起きたら雨!とかじゃなくてよかったぁ」  ここ最近で一番くらい明るい声で翠里が言った。 「そうだな、そろそろ雨の日が増えてくるもんな」 「一日降らないでいてくれるといいけど」  翠里が俺の腰に回してる腕に力を込めたから、俺も翠里の肩を少し抱き寄せた。  校内は、行事特有の高揚感でざわついていた。  今日はうちのクラスで1年赤組の男子が、翠里のクラスで女子が着替えることになっていて、翠里は真っ直ぐ俺の席に来て荷物を置いた。  男が男の着替えに注目することなんかあんまりないって解ってるけど、翠里が服を脱ぎ始めるとどっかに隠したくなる。  誰にも見せたくない  自分が見るのもちょっとヤバい  早く着替え終わってくれ、と思いながら目を逸らした。 「橋本、そのハチマキ怒られんじゃねーの? 祭りじゃねんだから」  大田の声で絢一の席の方を見たら、結び目が額にきてて、確かに祭りで神輿を担ぐ人みたいだった。 「え? ダメ? いいじゃん、体育祭は祭りだろー?」 「まあ祭りって字は入ってっけどな。ん?」  ごく普通に後ろで結んだ翠里のハチマキ。でも。 「翠里、縦結びになってる。直すぞ」 「あ、ほんと? 後ろだから分かんなくて」    一度ハチマキをほどいて、髪の毛を巻き込まないように気を付けて結んでやる。サラサラの髪の手触りが心地いい。 「できたぞ」 「ありがと、慎」  見上げてくる笑顔は全開とはいかないけど可愛い。  そういえばジンクスがどうとかって聞いたな。なんだったっけ? 『着替えが済みましたら。各自椅子を持って速やかにグラウンドに集合してください』  放送の声に従って教室を出た。うちのクラスは女子が、翠里のクラスは男子が椅子を廊下に出してある。赤テープにマジックでクラスと出席番号を書いて椅子の背もたれの上に貼ってあって、翠里はそれを確認して自分の椅子を持ってきた。 「はい、赤の1年、この線の中に横4人、5列の形を4つって感じで椅子並べてー」  体育祭の実行委員が声を張り上げてる。 「自由に並べるっていいよなぁ。やっぱ中学とは違う」  絢一が前から3列目の端にあたる所に椅子を置いた。その横に大田が並べる。前の列は翠里のクラスの男子だ。 「慎が大田の横にしとけ。で、その隣が翠里。慎を端にしたら女子が来る。まあ翠里でも来るんだけど」  絢一がボソッと言った。翠里の眉間に一瞬皺が寄る。 「じゃ、おれが端になる。間宮と田処内側入れ」  大田が椅子を動かしてくれて、絢一がうんうんて頷いた。  それから絢一は他の男子を呼んで後ろの列に並ばせて、さっさと男子だけの一角を作ってしまった。 「ちょっと男子、なに勝手に席決めてんのよー」 「いいじゃーん、どう並んでもいいんだからさー。つか誰かの近くに座りたい、とかあんの?」  絢一が「ん?」って、いつもの飄々とした感じで訊くと、文句を言ってきた女子がぐっと詰まった。その頬が赤く染まっていく。 「もういい!」  ぷいっと顔を背けて、彼女は女子の集まりに戻っていった。  その様子を見ながら絢一がぺろっと舌を出した。
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