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S 93
前年の優勝旗の返還とか、選手宣誓とか、まあ型通りだなって順で進んでいって、午前の部が始まった。
最初の競技、2年生の背中流しを横目に見ながら徒競走のスタート地点に向かう。
徒競走はスポーツテストの時の50メートル走のタイムで、同じくらいの速さの者同士の組み分けにされていて、そして順番が後になるほど速い者になるように並べられていた。
翠里は俺の一つ前の組で、ハチマキを靡かせながら1位でゴールしていた。
俺の組は最後から二番目。同色は2人ずつで、赤色のもう1人は絢一だ。なんせタイムが同じだから。
一遍に8人並ぶのは結構きついけど、そこは時間の関係でリレーなんかもちょっと無理やりだけど8人で走る。
最終組の赤の2人は翠里のクラスの陸上部員だ。
絢一との勝負はかけっこの時代からずっと五分五分で、同着も何回か。でも今日は負けたくない。
翠里が1位なら俺も1位を取りたい。
スタートのピストルが鳴って一気に加速する。絢一はぴったり隣を走ってる。
「…っく、あーっくっそ…っ」
絢一と2人、ほぼ同時にゴールした。
『1位赤、2位赤、3位青…』
「間宮の方がビミョーに速かったな。馬なら鼻差だ」
ゴールにいた先生が笑いながら言う。この先生競馬好きだな。
「慎…っ、お、前っ速くなってる…っっ」
絢一が膝に手を当てて、ゼェゼェ言いながら俺を指差した。
「…お前だって…っ速ぇって…っ」
俺もかなり苦しい。酸素が足りなくて天を仰いだ。
「2人ともめっちゃ速かったねー。びっくりしたっ」
翠里の声がした方を向いたら、目をまん丸にして笑ってた。
久々に見た 翠里がこんな笑ってんの
めっっちゃ可愛いな
息が苦しいのも忘れて見惚れた。
「あー、ほらほら行くぞ、1位コンビ。あー、くそー」
絢一が俺らの間に入ってきて腕を掴んで歩き始めた。
前の方を歩いてた大田が振り返る。
「おー、お前らみんな足速ぇよなぁ。おれ4位だぞ?」
指を4本立てて、ガハハって大田は笑った。
そんなことを言ってた大田だけど、障害物競争は2位だった。
平均台が異常に速くて、あれ落ちたらめっちゃ痛ぇだろってゾワッとした。
「おれバランス感覚はいいんだよねー。たぶん前世猫なんだぜ」
大田がイヒヒって笑う。
「えー、大田くんが猫ー? 田処くんの方が猫っぽいよ、可愛いし」
「ねー」って3人組の女子が大田の向こうからこっちを覗き込んできた。
うち1人は久保だ。
「いや、今可愛いかの話してねぇから。おれのバランス感覚のよさの話だから。まあ田所は可愛い顔してっけどさ」
翠里が「え?!」って顔で大田を見た。俺もドキッとした。
「そう! 可愛い田所くんとカッコいい間宮くんが並んでて、ここ眼福ー」
「なんだそれ」
絢一が半笑いで訊いた。
「そう思ってんのあたしたちだけじゃないよ? この周りさっきからやたら人通り多いもん。女子も男子も。みんなチラチラ2人の方見てるんだから」
久保がそう言って、また3人で顔を見合わせて、「ねー」って言った。
言われてみれば普段より強めに視線を感じる。まあ見られるのは慣れてっけど。
そんなことより、翠里の表情が硬くなってる。さっきまで笑顔だったのに。
久保、マジ面倒くさい。
でも今日が終われば、もう接点ないから…。
「ねぇねぇ、今日さ、体育祭終わったら教室で打ち上げやるじゃない?その後さ、みんなでカラオケ行かない? 明日土曜日だしさ。あたしのお姉ちゃんがバイトしてるとこ行けば割引とかできると思うし」
久保がちょっと得意そうな顔で俺らを見回した。
「え、マジで?」
大田が嬉しそうに久保に応えてて、久保が俺に視線を向けてきた。
いや、行かねぇし
「慎っ、体育祭の後の約束、覚えてるよね?」
え?
翠里が俺を見上げて言った。
約束…らしい約束はしてねぇはずだけど…
「あ、ああ。もちろん…」
「打ち上げ終わったらすぐ行かなきゃ間に合わないからね!」
俺を睨んでくる翠里の目元が赤い。
…嘘吐くの下手くそだなぁ
やっばいくらい可愛い
「あー、そうそう。翠里言ってたよな、慎と予定あるって」
絢一が話を合わせてくれる。翠里がハッとしたように絢一を見て、うんうんって強めに頷いた。
「ってことで俺と翠里は行けねぇけど、みんなで楽しんできて」
久保がむすっとした顔で俺を見てくる。
大丈夫かな、スウェーデンリレー。
まあ、なんとかなるか。
昔、告白のために呼び出された俺を「待ってるよ」って笑って送り出してた翠里が、こんな力技でみんなでカラオケ行くのを阻止するとはな。
はは…、すげ…嬉しい…
あの時泣きそうだった俺に「今だけ耐えろ」って教えてやりたい。
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