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「そう……ですか」
「私はあの白い杭を眺めて、彼の面影を思い出すことだけが楽しみなのです」
「それほど大切な彼だったのですか?」
「ええ、それに比べれば命などどうでもよいほどに」
青年は立ち上がると腕を大きく上げ、背を伸ばした。
「僕はまだ『彼』みたいな存在に出会ったことはありません」
「それでは探しに行かれてみるのはいかがでしょう」
「そうですね、まだ夏に留まるには早すぎるかもしれません」
青年は気の抜けた笑顔を見せると、枯れた花を揺らしながらホームの石畳をふらりと歩き始め、列車の乗降階段に足をかけた。
さてこれで皆さん、無事に乗車されました。
後は駅長さんからの発車の合図を待つばかりですが、その駅長さんはなぜか私の元を訪れました。
「今日は季無さんが合図を出してみないかい?」
「私がですか。そんな大事な仕事をなぜ私が……」
「今日はあなたが駅員として最後の日だからね。良い思い出になるかと思って」
「ああ……そうなんですね。やっと行けるのですね、『彼の駅』に。それでは私が出発の合図を出させていただきます」
私は白い手袋をした右手を挙げると、季環車の操縦士に合図を送った。
ぽうぽうーと了解の季笛が、紅く滲んだ夕空にこだまする。
ザシュザシュと蒸季を吐き出す音を立てながら、季環車は線路に車輪を転がしていった。
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