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【名塚くんの戦い】
名塚真は、とにかく交友関係が広い。
楽しければなんでもいい、というスタンスを持つ彼は、ひとところに落ち着かず、その日その時の気分で好きな相手と遊び歩く。
時に運動部の面々に混じってバッティングセンターに行ったり、時に漫研の連中と漫画の議論を熱く交わしたり、時に所謂不良仲間と授業をサボって遊びに行ったり。
時に昼休みの屋上で、校内でも特に厄介な不良グループの中に、ちょこんと紛れていたり。
「八神、なんてどうですかね?」
今までただの一言も発していなかった名塚が唐突に口を挟んだものだから、四人の不良は顔を見合わせた。
三年生である彼らは名塚の上級生にあたり、そして不良と呼ばれる中でも、弱者を相手にカツアゲ等を行う、タチの悪いグループとして有名な四人組だった。いま現在彼らが話していたのは、次のカモは誰にするか、という内容だ。
「八神?」そのうちの一人が眉をひそめる。
「八神徹。俺と同じ、二年A組の奴ですよ。黒縁メガネで、ひょろっとした」
少年のような遊びを好み、あくまで純粋に楽しいことを求める名塚は、普段こういう話には乗ってこない。それどころか、「俺、パスしまーす」とばかりにさっさと離脱することがほとんどだった。
だからこそ彼らは、そんな名塚の突然の進言に驚きを隠せないでいた。淡々とした話しぶりも、口元だけで浮かべる笑みも、全てが妙であり、どことなく不気味だった。
「なに、そいつ金持ってそうなのか?」
「親が医者なんで、それなりにあるんじゃないすかね。んでガリ勉野郎だし、多分狙い目っすよ」
息を飲むと同時に、男たちの目がギラリと光る。
上等な獲物を思い描く彼らの頭からは、名塚への小さな違和感などあっという間に消え失せていた。
そして、明くる日の放課後。
「……どなたか存じませんが、何の用でしょう」
八神は、校舎裏で四人の不良と対峙していた。そこに名塚の姿はない。
八神の右手には通学鞄、左手には長い棒状の袋があった。
能面のような仏頂面と、品の悪い笑みを浮かべる男たちが一定の距離を保って向かい合う。
「いや用ってほどの用じゃねえけどよ」
「おまえんとこ、金持ちなんだってな? ちょぉっと俺らにもわけてくんねえかなあ?」
ニヤニヤと笑いながら、正面の男がにじり寄る。後ろの男たちが、これみよがしに拳を鳴らす。
「お断りします」
しかしきっぱりと、八神はそう言った。顔色ひとつ変えず、その直立不動な姿勢も揺るがない。
「あ?」正面に立つ男が、苛立ったように凄む。「なんだって?」
「貴方たちのような輩に譲渡するような物など持ち合わせてません。その義理もありません。だから断ると言ったんです」
「……は、てめ、なにわけわかんねえこと言ってやがんだ! いいからとっとと」
八神は、躊躇うことなく前にいる男に思い切り鞄を投げつけた。その思った以上の威力と、豹変ぶりに、男たちが一瞬怯む。
その隙を逃さず、八神は袋から木刀を引き抜いて瞬く間に一人の肩を打った。他の男たちに構えを取らせる間も与えず、続けざまに胴、腕と、振り下ろしてはなぎ払いを繰り返す。まるで機械のように、立っている人物をひたすらに打ち付ける。立たなくなるまで。
木刀と素手では、そもそもリーチに差がありすぎる。
程なくして、立っているのは八神だけになっていた。
*
「お疲れさん」
校門の影から、名塚がひょっこりと顔を出す。何事もなかったかのように歩いていたのが一転、八神は露骨に顔をしかめた。
「おまえ、待つならもっと家の近くにしろって言っただろ」
「で、あったか?」
全く、人の話を聞きやしない。
八神は小さくため息をついて、制服の懐からひとつの黒い財布を取り出した。脇には、なにかのアニメキャラのキーホルダーがくっついている。
「これで合ってるか?」
「そーそーこれこれ! 林くんの財布!」
八神からそれを受け取って、中身を確認する。どうやらまだ手を付けられていなかったようで、名塚が安堵の表情を浮かべた。
「あーよかった、間に合ったー」
「おまえから連絡が来るとろくなことがない」わざとらしく八神がぼやいた。
昨日の、昼休みのあと、名塚は八神に連絡を取っていたのだ。そしてこう伝えていた。
おそらく明日にでも、ガラの悪い四人組が絡んでくるから木刀を携帯してた方がいい。
そしてそいつらから、ひとつの財布を取り返して欲しい、と。
だから八神は、その依頼の通りに木刀を持ち歩き、そして撃退した相手から財布の捜索をしたのだ。それ以外はなにもしていないので、男たちは今も校舎裏で不格好にのびているはずだ。
「しかし、なんで急にまた」
「だってよ、あいつら漫研の林くんから財布とったんだぜ? この金は林くんが限定のフィギュアを買うために数ヶ月前から必死こいて貯めた小遣いなんだぞ! それを奪うとか許せねえだろうが」
「だったらおまえが自分でやればいいだろうに」他力本願で偉ぶられてもな、と八神は思う。
「俺不良じゃねえから喧嘩はしねえの」
「俺だって不良じゃない」
「でも徹は強ぇだろ? 木刀持たせりゃ最強だし。ってか俺があんま強くねえだけなんだけどな」
はは、と名塚が笑う。
確かに、名塚の体格は細身だし、腕っ節もそれほど強くない。大概いつでもヘラヘラしている彼は、いかにも軽薄そうに見える。
それなのに、いくら鍛えても、なにをどう頑張っても、こいつに勝てる気がしないのは何故なのだろう。単純な勝ち負けではなく、なんというか人間的に。
しかしそれを素直に認める気はさらさらなかったので、八神は「徹って呼ぶな」と制するにとどめた。そのまま、話題も変える。「しかし、おまえ大丈夫なのか?」
「? なにがだよ」
「おまえがあいつらの標的にされないのか、ってことだ」
名塚が斡旋した相手に、金を巻き上げるどころか返り討ちにされたのだ。名塚が裏で糸を引いていた、と勘づいてもなんら不思議じゃないし、そこに思い至らないとしても、名塚を逆恨みする可能性は十二分に考えられた。
「大丈夫だろ」
しかし当の本人はあっけらかんとしている。「八神徹がそんなに強いなんて俺知らなかったんすよ! だってあいつ色白ヒョロ長メガネで見るからに弱そうじゃねえすか! とか言ってシラ切れば」
そうだろうか、と思うが、名塚のコミュニケーション力の高さを鑑みれば、そうなる可能性もあるのかもしれない。
まあ、その時はその時だ。考えるのが面倒になった八神は、「色白は余計だ」と吐き捨てて歩き出した。
「おまえヒョロ長よりそっちに反応するんか」軽口と共に、名塚もそれに続く。
「うるさい。疲れたから俺はもう帰る。ついてくるな」
「俺だって帰るんだよ。家が近所なんだからしゃーねーだろ。むしろどっか寄ってかね? 悪を相手に戦った八神くんにお礼もしたいし」
「礼はいいから厄介なことに巻き込まないでくれ」
「はは、努力しまーす」
どうだかな……。
足取りも軽くついてくる名塚の姿に、八神はがっくりと肩を落とした。
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