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『右奥の部屋に越して来ました。今日からお世話になります』
"連絡事項はこちらへ"とシールが貼ってあるホワイトボードに書いていると、キュッ!キュッ!とペンの音が聞こえる。それくらいリビングは静かだ。誰もいないのかもしれない。
私は外に出て伸びをしてから門のところまで歩いて振り返った。頭上の看板では斜めの書体が可愛らしく踊っている。
『シェアハウス Shin-kiro』
自然と笑みが零れた。ここが私の新しい居場所だ。決断は間違っていない。
それから手続きが済んだら行こうと思っていた動物園へ向かった。川越市には、ありとあらゆる施設があるらしい。私は入口で係員に尋ねた。
「あの。地区最大級って聞いたんですけど、犬とかもいます?」
「え?犬、ですか?えーっと…ああ。はい…いますよ。いますけど……」
係員はタブレットを操作しながら口ごもった。新人なのか、動きはスムーズとは言えない。
「じゃあ入園します!見てみたいんで!」
私が笑顔で答えると、係員は顔を曇らせた。
「お客様…大変、差し出がましいのですが…当園に入る手続きはお済みなのでしょうか?」
当然、私のことだろう。
「川越市民は無料なんですよね?それなら今日、越してきたんで大丈夫です!」
係員は、まだ何か言いたそうだったけれど構わず伝えて中に入った。
「いえ。そうではなくて……あーあ。行っちゃった……あの人、ここのこと知らないのかしら…?それとも知ってるのかしら?だとしたら、幸せなことよねぇ」
そう係員が呟いたことは、私は知らない。
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